なんにも食べたくないし ずっと考えている
もう今年も夏が過ぎていく
と言いつつ、まだクーラーを使わなければ眠れないこんなにも寝苦しい真夜中。
同じベッドに入り、ふたつ枕を並べて、ひたすら一緒にいるのに、ひたすら話は尽きないから、じゃれあってくすぐりあって疲れたらやっとおやすみ。
最近あなたの暮らしはどう
私は、新しいバイトを始めて(たった週2だが)それなりにうまくやっている。
同じ職場の人間に嫌われなければあとはどうでもいい、理解の範疇を超えた客も時々いるがこいつらもいつか必ず絶対に死ぬのだからどうでもいい、せめて苦しみ抜いて死んでくれればそれでいい、「この職場怒るような人はいないから」と店長は優しく微笑んだが、昔に社内不倫が3組あったことを私は知っている。ただ、それもどうでもいい話。
確かにみんな優しくて、悩みと言えば自分の至らなさや研修期間を終えても出来ないことが多いという点のみ。だからと言って努力しようという気もさらさらないのが私の悪いところ。
職場の人間と深く関わる必要性を全く感じない。ディズニー行きましょうは社交辞令、「好きです」なんて「マジやばい」と同じ意味、ノリで告白されたからノリで付き合った、昔から。それがかわいい女の子だったから、すごくすごく嬉しかっただけ。
頭すっからかんでノリだけで生きてたい、底なしに明るいと言われるくせに"なんか違う"と気付かれるのが1番恥ずかしい。
太陽みたいな人にずっと憧れている。
日焼け止め塗った瞬間にとけるみたいな暑さの中、友達とたくさん遊んだ。
私は恋人や友達に、親と同じ愛情を求めて何度も失敗した典型的な愛着障害だったから、その頃の友達とか全然いない。
こんな私を友達と認識して、今でも会って楽しいと言ってくれる数少ない変わり者の友人達が、いなくなったらもうお終いの世界で生きているから、重いしキモイんだけどやることなすこと何でもかんでも楽しいし奇跡だし特別だと思ってる。女の子といるとき、すっごい楽しませたいと思うし、笑わせたいし、笑ってくれたら嬉しくて泣く。私なんか近づいちゃいけない、みんな女神だと思うよ。
悲しいから悲しい曲を聴くのではなく、悲しくなるために悲しい曲を聴く。
それが私にはちょうどよかった。常日頃、そんな気分でいることが私にはちょうどよかった。
悲しいことを、わざわざ思い出すために、悲しいを貪り食い、かなしいかなしいと呟くことでしか美しいと感じられなくなってしまっていた。
不倫さんと1ヶ月ぶりの電話。
「少し声に元気が出てきた気がします」なんて、ただの勘違いだった。
なかなかね、何も出来ないし気分もね、自分の性格が嫌になるよ、と言ったから、「そんなことないですよ、私なら全てを恨みます…」と返した言葉のセンスのなさ。
不倫さんは私のこと恨んでる?
いけないことをしたからバチがあたったと今でも思ってる?
だんだんズレていくテンション、少しずつ少しずつ澱んでいく空気、噛み合わない会話、行き詰まりの話題、「また電話してね。待ってるね。」なんて嘘だろ、とベッドで膝を抱えた。
私はもう必要ないのかもしれない。
全てを奥様にたくして、私はもうこれ以上、二度と不倫さんと関わらない方がいいのかもしれない、
私の存在そのものが不倫さんを苦しめているのかもしれない、私そのものが癌みたいなものかと、顔を洗いながら思った。
考えすぎだよと言うんだろうけど、これは癖だから治らないんだ。被害妄想なのかもしれない、これも癖なんだよ。
人は忘れていく生き物だ。
忘却は、私たちに備わっている生存のための機能だ。
死すら考えたほどの苦しみも痛みも、今この瞬間世界で一番幸せなのは私だと叫びたくなるほどの幸せも嬉しさも、「絶対忘れないよ」という約束さえも、私は忘れていく。
あんなに愛していたのに、骨になった瞬間から、あなたの顔を声をどうしても思い出せない。
こうやって、思い出せないことがどんどん増えていく。
辛うじて、季節毎に香る懐かしい匂いにふと、昔のことを(そう遠くないことも含めて)思い出したりするが、それで泣きたくなるのは、単純な懐かしさと、二度と同じ気持ちではいられない、二度と同じ景色は見られないという忘却装置への切なさだろう。
愛したこと、嘘じゃないよ。
これはとても馬鹿げた話なんだけど、不倫さんを産んであげたいと思ったのだ。
これから私は少しずつ、自分でも気付かないほどゆっくりと、不倫さんのことを忘れていくんだと思う。
これからも悲しいことを思い出すために悲しい曲を聴くのだから、その度に不倫さんを思うのだろうけど、やがて顔も、声も、輪郭も、すべて思い出せない日がくるのでしょう。
それはとても残酷だけれど、あまりに自然なことで、朝が来て夜が来て、また朝が来る、不倫さんが死んでも地球は回り続けるし、私が消えても世界は滅ばない。当たり前のことだ。
不倫さんがいた、不倫さんがいない、そういう日々を繰り返すだけ。
それだけが不倫さんといた証になるなら、私はまた業を背負うから、不倫さんは何も気にせず、私になど目もくれずどこかで幸せになって欲しい。明日のことを大切な人と笑って話してほしいなと思います。
5時
あと2時間で彼氏が起きる
アラームの音で目を覚まして
私の腕の中に顔を埋めて、おはようのキスをくれる
それの繰り返し
今でもあなたはわたしの光
私は昔から死にたいとそればかり願っているくせに、本当に自分が死ぬなんてことを全然信じられないでいる。
それは他者も同じで、自分の大切な人がいつか死ぬということを、微塵も想像できないのだ。
もちろん24年も生きているのだから、それなりに人の死は目にしてきたが、色々、全部整理できずにみんなあっという間に骨と灰になったから、肉体が突然いなくなるということに呆気にとられたまま、いつまでもいつまでも魂だけが私が目にするあらゆる景色に佇み、見つめられ、見つめている。
いったい不倫さんはどこにいったんだろう。
奥様から、非通知電話や不倫さんのアドレスからの警告が何度かあったが、私はそれを全て無視して、当たり前のように不倫さんと連絡をとっていた。
と言っても、日に2、3通程度。
体調を聞いて、不倫さんがそれに答えるというだけ。
電話していいですかとも、会いたいですとも言えない。
癌患者の生活サイクル、体力、何より奥様の存在、あんなにも私と不倫さんは近くにいたのに、私は何も知らないしきっとこれ以上何もできないんだろう。
そんな歯痒さを感じていた。
その最中、奥様から最後のメールが届いた。
最後と言うのは、このメールに対し返信をしたところエラーメールが返ってきたからだ。つまり不倫さんのアドレスが無効になっているということ。着信拒否、LINEもおそらくブロック、私は不倫さんに連絡をとる手段を一切失った。
私は夫とあなたの関係に気づく前から、結婚してからずっと、夫を守ってきました。
痙攣する夫を見ながら泣きながら仕事して、夫を守ってきました。あなたに私の気持ちがわかる?
あなたは自分の愛が美しいと思いますか?
今後一切、関わらないで。
ごめんなさい。
それでも私は、自分の愛が間違いだとはどうしても思えないのです。
私と不倫さんを繋いでいたものが愛でないとしたら、いったいふたりの関係を何と名付ければよいのでしょうか。
不倫は倫理的にも法的にも罰せられるような醜く、汚く、不埒な行為だとわかっている。だから、それ自体非難されることに抵抗はない。私たちは大切な人を裏切り傷つけながら無邪気に笑い合っている極悪非道の共犯者です、でも仕方ないでしょう好きなんだから、なんてこと当事者が言えるわけないから、開き直るか押し黙るか、それしかできないのだ。
ごめんなさいごめんなさい、愛がなにかもわかっていないくせに。
不倫さんの横顔が好きだった。煙草を吸う時の仕草が好きだった。お父さんみたいな優しさが好きだった。私がワガママを言ったとき苦笑いしながら抱きしめてくれるのが好きだった。セックスのとき私の足の指を舐めるのが好きだった。声が好きだった、髪の毛が好きだった、有給をとって私を色々なところに連れて行ってくれた、草津もディズニーも横浜の薔薇園も全部綺麗だとおもった。
私は美しくないけど、不倫さんは美しいと思った。不倫さんが生きる日々が美しいと思った、それら全てに触れたかった。
いいよなあんたは、心から愛する人の死を見届けることができるんだから。
死ぬなら死体くらいは残してってよと笑って言った私の前から、不倫さんは突然消えた。
わたしはあの日から目を見開いたまま、不倫さんの最後の言葉を繰り返し繰り返し思い出しては、行き場のない虚しさに振り上げた拳すらくうをかく。
1時間半かけて向かった先はもぬけの殻。
不倫さんの車も、犬も、ポストも、生きているものはひとつもなくて、初めから誰もいなかったみたいに、集合住宅のそこだけ空っぽで、私は呆然と立ち尽くしたまま、色々なことを諦めていた。もう会えないんだろう、一生。いっしょう、いっしょう?
彼氏より長くいたのに?
「あきちゃんが1人になっても俺がいるから」と結婚する未来まで思い描いていたのに?
今度飛騨牛食べようねって約束したくせに。
こんな関係だからお互い、死んだ時に手を合わせにいけるようにって住所まで教えあったくせに、その肝心な家だって空っぽじゃないか。どこにいったんだよ。
不倫さんは、いったいどこにいったの。
私は、おいちゃんという彼氏と同棲を始めて、おいちゃんが「拍子抜けした」と驚くくらいに、共に穏やかな生活をおくっている。
結婚をして、そろそろふたりの家を買って、子供は何人欲しい?なんて会話を真面目にしている。
不倫さんがいなかったら、私はこの生活を手にできなかった。
おいちゃんといても寂しくて寂しくてひとりぼっちだった悪夢のような日々を、支えてくれたのは間違いなく不倫さんだった。
私は、不倫さんがいてくれたからおいちゃんのことを愛することができた。優しくすることができたのだ。
何もかもがダメになっても、不倫さんがいてくれると思えば私は絶対に死ななかった。
不倫さんは私の光だったんだ。
私はこの数ヶ月、おそらく、不倫さんの代わりになる人を探していた。
意識的にそうしているわけではなく、男性と関係を持った時に、きまって「不倫さんとは全然違う」と比べている。
「言ってなかったんだけど俺実は結婚してるんだ、ごめんなさい、嫌わないで」と何人かに告白されたが、それが何だよと思う。
だったら浮気なんてしなきゃいいのに。
それでも私は「嫌いになんてなりませんよ」と微笑む。好きにもならないけどね、と腹の底で声が聞こえる。
彼氏の次でいいから、と誰もが言うが、不倫さんがいる限り、貴方がたは一番になれないのだ。
42歳、妻子あり、男前で趣味は走ること、役所務めで子供のサッカーの試合に行くいいパパ。
最近になって猛烈なアプローチの末、いわゆる不倫関係となった。
奥さんとの仲は最悪で、夫婦関係なんてとっくに破綻していて、子供が大きくなるまでの同居人という認識らしい。
この関係になって、会うのはまだ3回目だというのに、よく行くという長野でお泊まりをした。
朝から晩まで私のことをかわいいかわいいと褒めちぎり、好きだ、愛していると囁く。
あきちゃんの幸せを願っているから、はやく彼氏と結婚してほしい。でも俺はできるだけ長く一緒にいたい。と会う度に言う。
俺でいいの?騙されていない?
こんなおっさんだぜ信じられるかよ、と。
すみませんね、私おじ専なんです。
「あなたがいいの」と言ってみたけど、でも本当は不倫さんがいいんです。
おいちゃんは私のことが大好きで、私もおいちゃんのことが大好きで、大好きな人と毎日一緒にいられて私の心は満たされてしまって、あの頃の闇雲な寂しさとか悲しさとか怒りとか、不思議だけどもう思い出せないくらい私は今とても幸せだから、ほんとうは浮気なんてする必要もないのだけれど、こうなってしまうんだから、もはや気質です。
病気だと許されてしまうみたいだからあえて気質にします。
おいちゃん以外の男とセックスするとき、不倫さんの名前を呼んでいる。
誰か助けて、誰か助けて、だれかだれかだれか、不倫さん不倫さん不倫さん、たすけて、と。
長野の爽やかな朝、これから走りに行くからあきちゃんは寝ててと彼は私の顔をキスでベタベタにしながら出ていった。
私は懺悔しながら眠った。
おいちゃんにではない、不倫さんにだ。
もうあなたはいないのに、私はあなたを取り戻すためにおなじ過ちを犯している。
長野、本当にいいところでした。
生い茂った緑が深く輝いていて、風が涼しくて、このまま消えてなくなるにはもってこいだと思いました。
いつか来る別れを自分で選択しなければならないのなら、不倫さんのように、突然に失われた方がよかったのだろうか。
心から愛し合ったふたりはある日悪い魔女によってバラバラに引き裂かれてしまいました。そんな悲劇的な物語のように。
そっちのほうが綺麗だし、かわいそうだし、ずっとずっと忘れないでいられるし。
血液の癌、ということしかわからない。
だから今、生きているのかも死んでいるのかもわからない。どこかで幸せになっていればいいと思う。
奥様に愛され愛し、健康に、幸せに生きていてくれればと心から願っている。
でもそれはちょっとだけ強がりだ。
だって、不倫さんは死に損ねたまま幽霊になってしまったから。
夏みたいな人、海みたいな人。
寂れた非常階段で煙草をふかして私を見て笑っている幻影が、連日の暑さでぼうっとする頭の中、視界に浮かんでは消える。
平成最後の夏、あなたと見たかったです。
不倫さんは肉も灰も骨も魂も残さないまま幽霊になってしまった。
私はあちらこちらに不倫さんの影を見て、何か話してよと怒って、返事がないことに少しだけ切なくなる。
毎日毎日不倫さんの影を、熱を探し回って、この街をさまよっている。
幽霊は私の方だよ。
そのうち季節が巡れば、叶わなかった恋物語として私の一生に葬ることができるのでしょうか。
呪いが光にかわるころ、それを教えてあげたいです。
でも不倫さんあなたには、私が呪いそのものであって欲しいと少しだけ思ってる。
キラキラ 君の 毎日に触れたい からだごと
おいちゃんと私は映画が好きなので、意味もなくTSUTAYAをぶらつくことがある。
Netflixに入っていない映画を探しては、ふたりで手を繋ぎながら映画鑑賞をする。
適当に探す素振りをしながらフラフラと新作コーナーを物色している最中、一瞬視界に入った"昼顔"のタイトルに釘付けになった。
嫌でも思い起こされる不倫さんとの思い出。
私は斎藤工の顔を凝視しながら、不倫さんと一緒に昼顔のドラマを見ながら、ああだこうだ夢物語を語っていたことを思い出した。
少しいいレストランで不倫さんと食事をするよりも、次の日に有給をとってくれた不倫さんと、ラブホで時間も気にせずスーパーで買い込んだ適当な弁当と酒を飲みながら、借りてきたDVDを見て過ごす夜が私は1番好きだった。
そんな時に打って付けなのは、内容のない頭を空っぽにして見れる映画だ。
多少の刺激があり、多少の色気があり、話題作で、そして何より"不倫"というものを客観的に描いた昼顔というドラマがあの時の私たちには最適だった。
不倫なんて大袈裟に言われるけれど、渦中にいる私たちはそれが分からないのだ。恋は盲目と同じだ。だからたぶん、サンプルが欲しかったのだと思う。
いけないことをしているという意識をわざわざ蘇らせようとしていた。
でも、やっぱりフィクションはあくまでフィクション。吉瀬美智子に抱かれたいそして抱きたい、という感想以外に特段学ぶことも持った感想もない。ドラマの最終回、不倫して結ばれたカップルはひとつもなかった。現実味があるのはそこだけ。不倫の先に輝かしい未来などないという当たり前の価値観。
「やっぱり私たちは少し違うね」と笑って、あの壮大なサウンドトラックを流しながらセックスをした。
世間が抱く不倫と私たちは違うと、互いを正当化したかったのか。
突きつけられた、こういう関係に未来はないという諦めに抗いたかったのか。
ただ、その時私たちは本気で、ふたりが一緒にいる未来を思い描いていた。
財産分与とか、お金の話とか、どこに住むとか、そんな話までしていた。
そんな話までしていたのに、今度昼顔が映画化されるみたいだから暇だったら見てみる?なんて話をしていたのに、もうすでにレンタルまでされていた昼顔、なのに隣に不倫さんはいない。どこにいるのかもわからない。
こんな結末は予想していなかった。
ハッピーエンドなんてクソ喰らえの人生でも、あまりにあっけなさすぎて映画にもならない。ふざけんなクソと思って、映画昼顔をレンタルした。
わざわざ不倫さんを思い出すために借りた。
感傷に浸って、わたしかわいそうって自己憐憫に酔えれば気持ちいいかもと思った。
いつかまた不倫さんと再会したときに、「そういえばあの映画ひとりで見ちゃいました」って言うために借りた。
風邪で声が出なくて使い物にならないから、バイトのシフトが全部パァになって、当分暇だから、まあちょうどいいかなと思って。
おいちゃんは「昼顔面白いの?」と不思議そうな顔をしていた。
結末なんだこれ。普通殺すか?
まぁ予想はできていたけど、殺すのは安易すぎないか?
"人のものを奪うということはこれくらいの覚悟が必要なんですよ"っていうこと?絶対にお前らは幸せになれないし、幸せになることは許されないってメッセージ?
そんなことはわかってるよ。
でも、会えない人に会えることを期待するのは辛いからいっそ死んでくれたらいいのにって気持ちは少しわかるし、自分の関係ないところで幸せになってくれればそれでいいって気持ちも生きているうちに少しできるようになったし、「自分が裏切ったことがあると人を信用出来ないのよ」って言葉はうっかり刺さってしまった。
不倫さんのことは、ほんとうのことを言うと、もう諦めかけているけれど、心のどこかで不倫さんからの連絡を待っている自分がいる。
昼顔みたいに、"奇跡的な"偶然の再会を望んでいる自分がいる。
でも、もう一生会えない気がする。
出会った日のことをあまりよく覚えていないけれど、確かDVの彼氏のことで日々積もるストレスを発散するために繰り返していた、一夜限りのセックスの中のひとりだったように思う。
ただ、この人だけは初めからとても好印象で、あちらも私のことを気に入ってくれたらしく、好きな漫画の話だけをする日もあった。ちなみに、不倫さんとはめちゃくちゃセックスの相性がよくて、気持ちよすぎて泣くという経験をしたのも不倫さんが初めてだった。
それから徐々に仲良くなって、初めてのデートはお花見だった。お花見といってもそんな大層なものではなく、ただ桜並木を手を繋いで歩くだけのもの。性的なことから始まった関係だから、むしろ正当なデートがとても気恥しく、とてもぎこちなかったのを覚えている。
その時、不倫さんに既婚者であることを告白された。つまり、私は不倫に加担することになるのか?という感想以外に、特に驚きも罪悪感もなかった。
何故なら既婚者と不倫するのは初めてだけれど、その時はまだDVの彼氏と続いていたし、毎夜毎夜名前も知らない男とセックスをしていたので、不倫さんの告白は私の中で特別なものではなかったからだ。
そこで私も彼氏がいること、DVをされていることを告白した(私がさらっと言ったからきちんと伝わっていなかったようで、殺されかけたDVだと後々になって知って不倫さんは驚いていた)。
お花見デートのあと、それまでとは少しだけ違う、でもいつも通り優しくて気持ちのいいセックスをした。
すると不倫さんは、誕生日だからと高級そうなチョコレートをくれたのだ。
私はそれがとても嬉しくて、わぁ!と大袈裟に驚いてみせた。
ドキドキしながら一粒一粒口の中にチョコを放り込み、一粒一粒を噛み締める。
たくさんの男の人と出会い、体と体を結んでも、そこには愛も情も快感もない。
ただ、私にとって暇つぶし・自傷行為・自分の価値を確かめるための行為でしかなく、あちらにとっても私は都合のよい性的興奮や欲求の対象でしかないのだ。
私はあの頃、そんなものたちの掃き溜めでしかなかったのだ。
チョコレートごときで容易いと笑われるかもしれないけれど、私はその時、私をひとりの人間として見てくれる人がいるんだと安心したのだろう。
しかし、それでも私たちは誰から見ても、当事者からしても倫理的に不味いことをしている淫乱な二人でしかなく、その事実が私の抱いた安心感とあべこべで、たまらなく刺激的で、恍惚さえ感じた。
不倫さんは、奥二重の整った顔立ちと35歳なりの色気が漂っており、とにかく、横顔がとても綺麗な人だなあと思った。
そして優しすぎるくらい優しい性格が、笑った時の目尻のしわから見て取れ、私はそれがとても好きだった。
"健康を気にして"と、iQOSに変えるまでは
KENTの煙草をよく吸っていた。
私は煙草の煙がすごく苦手で、すぐ咳き込むし涙もでるけど、煙草を吸っている不倫さんの横顔や長い指が好きだった。
加えて、珈琲もよく飲む人だったので、不倫さんとのキスはいつも少し苦かった。
「あきちゃんは、なんか他の子とは違う」
「何でも話せるよ」と言ってくれていた。
恋愛の場において、この台詞はまあ相手を落とすため、特別感を出すための男女ともに常套句だとは思うが、不倫さんが言うことはいつもほんとうのように聞こえた。
私は今でも、既婚者の男性ふたりと時々会ったりセックスしたりしているが、「なんというか、あきちゃんは男に自信を持たせる才能があるし、俺が守らなきゃという気持ちにさせる」ということをよく言われてきた。
私は私の利益のために、平気で自分自身の重い過去をそれらしく告白する。
別に深い意味は無い。
可哀想で弱い方が後々都合がいいからそうしているだけ。
「話してくれてありがとう」なんて馬鹿じゃないかと思う。そんなことで相手を知った気になれるならなんて幸せなんだろう。そんなことで、私のことを愛してるなんてみんなペラペラすぎないか。
私は必死でおしゃべりをすることで色々なことを隠している。
でも不倫さんだけにはそうじゃなかった。
私のことを知って欲しかった。
不倫さんのこと知りたかった。
だから私たちは色々な話をした。
色々な話をして私はよく泣いた。
不倫さんはいつもじっと私の話を聞いて、頭を撫でて、私が泣き止むまで抱きしめてくれた。お父さんみたいと思った。
そう、私はお父さんが欲しかったのだ。
大きくて温かくて優しくて私の全てを丸ごと愛してくれるお父さんみたいな人に憧れていた。
不倫さんのことはひとりの男性として慕い、セックスもキスもするけれど、どこかで不倫さんの子供に生まれ変われたら幸せだろうなあという気持ちもあった。
不倫さんは「あきちゃんとの子供が欲しい」とよく言っていたけれど、不倫さんがパパだったら産まれてくる子も、私の過去も未来も全部全部大丈夫なんじゃないかと思っていた。
不倫さんとは週一で会っていた。
行きつけのラブホの受付には、きっと不倫カップルなのはバレていたんだろうけど、それでも周りのカップル以上にはラブラブだった。
不倫さんは時々私のために有給をとってくれて、ふたりで色々なところに旅行に行った。
まだおいちゃんとも行っていないディズニーに行った。不倫さんの前では思い切りはしゃげたから柄にもなくミニーちゃんのカチューシャなんかつけた。
既婚者の男性とディズニーに行った話を友達たちに喜々として話したらめちゃくちゃ引かれた。ズレているのは、私の方。
本当にたくさんの場所に行ったけれど、草津旅行が1番楽しかったなあ。
もちろん、不倫さんは会社にいることになっているので、お土産ひとつにも気を使った。
でもカップル感がたまらなく欲しい時があって、草津のガラス工房だかなんかで私はハートのネックレスを、不倫さんはトンボ玉がついた携帯ストラップを買った。
不倫さんは「それ女に貰ったんじゃないの?!自分でそんなの買う?!って奥さんに怪しまれて大変だった」と苦笑いをしていた。
その話が私はとても好きだ。
私がおいちゃんのことで病んだり怒ったりしたときは、夜中にいきなり電話をかけても不倫さんは必ず出てくれた。
毎回すごくすごく優しい声で、声を聞くだけで涙がとまらなかった。
安心という言葉は、この人を指すんじゃないかと思うくらい私は不倫さんに絶対の信頼をよせていた。
事実、不倫さんは仕事が忙しい人だからいくらでも浮気のことを誤魔化せるし、偽装もできる。
いつ会社から電話がかかってきてもおかしくないので、私が夜中に狂ったように電話しても「会社から」の一言で成立する。
でも油断は禁物だ。
浮気がバレるとしたら、私たちは携帯からしか証拠がでない。
浮気するのにLINEを使う奴は馬鹿だと思う。
私たちは互いにメールでやり取りをし、電話をする時は会社の方の携帯にかけた。
だって別に、家庭を壊す気なんてさらさらないもの。
不倫さんの家にだって2回行ったけれど、私の知らない不倫さんが確実に存在し生活していることに、嫉妬どころか尊さを覚えた。
不倫さんと、不倫さんの奥さんが住んでいる部屋を歩き回った。
私にはおいちゃんがいるから、そのための余裕だったのかもしれないけれど、不倫さんに奥さんがいることは私にとって何ひとつとして脅威ではなかった。
だって、不倫さんはこうして私と会って、笑って、同じ未来を思い描いたりしているもの。
奪わなくとも、本当に互いが愛し合っているならいずれ自然に結ばれるわ。
今を楽しむのよ、精一杯。一緒にいられる時間分だけ、愛に余りはないわ。
そんな日々がずっと続くと思っていた。
甘かったかな。
私はおいちゃんと喧嘩する度に、不倫さんを頼った。不倫さんはいつもの優しい声で「あきちゃんが俺を選んでくれるなら俺は嬉しいよ」と笑った。「あきちゃんが1人になっても、俺がもらってやるから安心して」
と、そんなことがさらっと言えるのに、飾っていなくていつもとても安心した。
クリスマスに渡そうと、不倫さんの名前が入った高いボールペンを買った。
当日に渡すつもりだったけど、それはまだ私のクローゼットの端っこに見つからないように置いてある。
クリスマス前に1度不倫さんと会った時に、不倫さんの様子がおかしいことにすぐ気づいた。その前からメールで不倫さんから弱音を聞いていたけれど、明らかに"うつ"の症状が出ていて、
ココスで食事をしながら、なんとなく、今日別れたらもう会えないんじゃないかという予感がして、肉の味がしなかった。
それが現実となった。
「死にたい」というメールが届いた日から、不倫さんとの連絡は一切つかない。
死んでいるのかもしれないけれど、私には確かめようがないから、生きていることを願うしかないのだ。
ほんとう、いっそ死んでくれれば、私は不倫さんを美しくて切ない恋物語のなかに永遠に閉じ込めることができるのにね。
生きているのか、死んでいるのか、いっそ私のこと飽きたり嫌いになったのなら踏ん切りがつくのに、あの人は絶対に違うという絶対的な信頼が今になってわたしの首を絞める。
でもやっぱり、好きな人には生きていてほしいし幸せになってほしい。
随分まともな人間になったよ私も。
たぶん、一緒に過ごした時間のなかで不倫さんが私を育てなおしてくれたのだと思います。
皮肉なことに私は今おいちゃんととても穏やかに過ごすことができていて、おいちゃんは私のことを心から愛してくれているし、私もおいちゃんのことを心から愛しています。
1年後、おいちゃんは私の誕生日に私にプロポーズするかもしれません。
あきちゃん、結婚する?とバレンタインデーに貸し切り露天風呂で真剣な顔で聞かれました。
私は当然のようにうん。と答えましたが、おいちゃんも当然のようにその返事が返ってくると分かっていたようでした。
子供欲しい?と聞かれ、おいちゃんが欲しいならと返すと、俺は今すぐにでもほしいと、おいちゃんはそう言ってくれました。
結婚をして、子供ができたら、もし不倫さんと再会しても、そうしたらほんとうに昼顔になってしまうね。
よかったのかもしれない。
会えなくなってよかったのかもしれない。
もう一生会えなくてもそれでいいのかもしれない。
そういう気持ちと、不倫さんを過去のものにしたくないという気持ちのせめぎあいの日々です。
人は忘れていく生き物です。
でも、不倫さんの顔も声もどんどん忘れていく自分がいて、そんな薄情な自分が私は恐ろしいのです。
そんな気持ちでブログを書いた。
私が忘れても文章は残るので。
綺麗な思い出が私にはひとつもない。
呪いが増えていくだけ。
また4月がくるよ。不倫さんと初めてデートした季節。やだなあ。
こんなこと言うのは恥ずかしいんだけれど、不倫さんを思い出す時、大抵キラキラと輝く海をイメージします。
海みたいな人でした。
君の病気は治らない
眠れないからブログを書きます。
2017年、2018年、書こう書こうとは思っていたけれど、日々の移り変わりの早さに私自身息も絶え絶えで、なかなか筆をとる気になれませんでした。
本当に毎日色々なことが起こり、その出来事の大半は私を苦しめるものでした。当たり前のようにしぶとく「死にたい」と願いながら、当たり前のように年を越しました。
おいちゃんのこと
喧嘩ばかりだった。
はたから見れば、超がつくほどのバカップルだ。一緒にいる間は基本的に肌が触れ合い、人目をはばからずキスをし、スキンシップをとり、おいちゃんは私のために毎日ご飯を作ってくれた。
旅行もたくさん行った。
〇〇ツアーズへようこそ!!と言って、全てのプランを考えてくれた。神奈川の夜、「これからもよろしくね」と書かれたチョコレートのプレートがのったパイをプレゼントしてくれた。私はなんとなく、このまま上手くゆけば結婚するのかもしれないと思った。
赤レンガ倉庫で似顔絵だって書いてもらった。おいちゃんは1番高い額縁を買って部屋の壁に飾った。
絵に書いたような幸せ。それでもただひとり、私だけがダメだった。
理由なんてもう考えない。
自分がこうなった理由なんて、ゲロを吐き続ける苦しさに似た作業、それこそ血を吐くような思いで何度も何度も反復した。気質、幼少期からの家庭環境、思春期の課題、自殺未遂、自傷行為、親戚との関係、恋人からのDV、自信のなさ。
考えたのだ、原因を。でも、目の前の困難の処理の仕方がわからないのだ。どうしたって。
おいちゃんは言った。仲がいい先輩も同じことを言った。
「あきちゃんは俺との関係を壊したいんだと思うよ。俺はいつもそんな気がしている。あきちゃんは俺のこと好きじゃないんだと思う。」
「あきちゃんはぶっ壊したいの?刺激がないと生きていけない系女子?」と。
私は面食らった。そんなつもりなかった。
幸不幸はそれぞれの価値観だが、私はいつだって物事はいい方向へ転がった方がいいと思って努力をしてきたつもり...だったのは私だけだったのか。
この期に及んでまだ、破滅思考だの破壊衝動だのに人生を預けているのか。
そんなわけないじゃない、私はおいちゃんのことが好きだよ。
浮気だって、私が人に求める愛情の大きさがみんなにとってはあまりに巨大すぎるとわかっているから、一緒に潰れないように愛情を分散しているだけだよ。なんていうのは、ただの言い訳にすぎないが、常に誰かに求められていないと自分を肯定することもできず、アイデンティティがバラバラになって、パニックになる、そんな感覚あなたにわかる?
私だって望んでこうなったわけじゃないよ。
おいちゃんは私が浮気をしても、「そうさせてしまうくらい、俺が辛い思いをさせてしまったんだね」と泣いた。私は復讐のつもりだった。確かに私は、その時期おいちゃんの言動に傷つきっぱなしだった。
「浮気して心は晴れた?辛かったでしょ?だったら俺を責め続ければいいのに。」最大の責めだった。私が自分以外の異性とキスをし、抱き合い、肌を重ねている様を未来永劫何かある度に思い出してその度に傷つけばいいと思った。
そう思っていたのに、私は許されてしまった。私がおいちゃんにした仕打ちは、大抵許されてしまう。
本当においちゃんと別れる、となった時も、おいちゃんが最初に発した言葉は「怒らせるようなことばかり言ってごめんね」だった。
私たちはあうたびに泣いていた。
許されてしまったことの罪悪感の重みに打ちのめされて、私は2週間寝込んだ。
それでもおいちゃんはずっと私のそばにいた。
人は許されないことで、生きていけるのではないだろうか。おいちゃんは私を時々その容赦ない優しさで殺す。
2018年、私たちはあるひとつの約束をした。
私はメンヘラだが、おいちゃんも大概子供っぽい。それはもう、個人個人で治していこう。女性経験が今まで無かったから見なくてよかったものを、私という人生初めての彼女にしてはあまりに強烈な人間にすべて暴かれたでしょう。あなたはまだ子供よ。でも、わたしもまだ子供で、あなたに育てられている最中だ。一緒に成長していこうね。どうしてもダメなところは二人で支えあおう。
そういう約束をした。
それからは、驚く程に喧嘩をしない。
穏やかすぎて不安になる、いい事の後には悪いことがあるという思考回路。
私は幸せになってはいけないという呪い。
悪いことは悪いことで起きたらめちゃくちゃ辛くて死にたくなるのに、幸せな時くらい安心できないものか。無理だろう、もう。
もう、諦めている。
心なんて一生不安さ。
過去を起点とした未来に脅され続ける毎日。
だから私は今日も眠れないし、意味もなく泣いた。今すぐにでも胃の中のものと一緒に吐き出したい。
似たような絶望や怒り悲しみや寂しさは、あらゆる本や小説、映画やドラマ、音楽にのっているけど、やっぱり私だけの痛みだよ。誰にもわかってもらえなくて構わない。
どうせ助かるなんて思ってない。
ずっとそうやってやってきたんだから、これからもそうしていくほかないんだよ。
不倫さんのこと
連絡がつきません。
不倫さんの個人の電話、電源が入っていないアナウンス(着拒のアナウンスではない)が流れる。
奥さんにバレないようにと教えてもらった、不倫さんの会社の携帯電話は、お留守番サービスにつながる。
メールは解読不明のラリったような文章のあと、やり取りをしていない。
私のことがもう必要ないならそれで仕方ないけれど、そういう人じゃないのは2年一緒にいればわかる。
何より、会社の電話がつながらないということは会社に行っていない可能性もあるわけで、そうなるともう安否の確認レベルの話だ。
引越し、奥さんにバレて身動き取れない、入院、あるいは最悪の場合。
これを確かめられる関係でないことを、今1番後悔している。
携帯がなくなっちゃったらもう終わり。
それくらい危うい関係だったのだ。
最後にみた不倫さんは、食欲はあるものの表情に乏しく、私の話に対しても反応が薄く、弱々しく笑い、とにかく心ここに在らずだった。うつの症状だとすぐに感じた。
よほど性欲が強いか、モテるかでない限り、だいたい不倫なんてものにハマル男女はそれなりに何か抱えているものだ。
私は寂しさ。
不倫さんは何だっただろう。でも不倫さんが「あきちゃんに会うと癒される」と言ってくれる時は、大抵仕事のプレッシャーに押しつぶされそうな時だった。
私は働いていないから、本当の意味でその苦しみをわかってあげられないのが辛かった。
不倫さんはとても真面目で責任感が強く、30代で会社の重要な案件を任されるほどの優秀な人で、且つ手を抜くということを知らない人だった。
真面目な人はうつ病になりやすい。
その典型だった。
しょうがないと思うしかない。
だって私はそばにいてやれないもの。
私がうつ病だったことの経験を、まったく人に還元できない。
本当に死にたい人間に対して周りができることなんてない。
最後は自分で乗り切るしかない。それまでの手助けなら出来るんじゃないかと思っていたが甘かった。
悔しいけれど、奥さんに託すしかない。
おいちゃんとじゃなければこの人だと本気で思っていた。
私が泣くたびに、「俺がいるから大丈夫」ととてもとてもとても優しい声で慰めてくれた。
おいちゃんともまだ行ってないのに、ディズニーだって行ったし、草津温泉にも行った。
私のために有給をとって、何度も夜を過ごしてくれた。
あきちゃんが俺を選んでくれるなら、俺は奥さんと別れてあきちゃんと一緒になる、と本気みたいな顔で言ってた。
セックスだってめちゃくちゃ上手いし、横顔が綺麗だった。いつもコーヒーと煙草の匂いがした。
私は確かに、不倫さんに恋をしていた。
この人がお父さんだったらいいなあとも思っていた。不倫さんは、私が理想とするお父さん像そのままみたいな人だった。海みたいな人。
たやすくその情景がうかぶ。
不倫さんのことを守りたいとも思っていた。これが慈しむということかもしれない。
ふたりの生活を思い描いてはしゃいだこともある。頭のどこかで、もしかしたらそうなるかもしれないって思ってた。
何かきっかけさえあればすぐにでもそうなっていいと思っていたから、その理由付けのためにおいちゃんと喧嘩をしていた、最低だけど、自分を納得させるためにはそれしかなかった。逆に言えば、おいちゃんと別れさえすればすぐにでも不倫さんと結婚したかった。
不倫に未来なんてないことくらいわかってたよ。いつか来る終わりを見ないように、私たちだけはドラマや映画のエンディングとは違うよねって互いが互いを終わらせないように、わざとそういうドラマを一緒に見たり、もしものための慰謝料なんかを本気で計算していた。
所詮なんて、他人に絶対言われたくないけど、私は確かに少しずつ不倫さんのことを忘れていっている。
明日の朝もとても早いのに眠ることも忘れてしまうような生き甲斐がこんなものだったなんてね嘘みたいだろう
嘘みたいでしょう
サラサラと砂の城が崩れていくように、少しずつ少しずつ不倫さんの記憶が消えていって、私は不倫さんがいなくても生きていくことができてしまって、遠い昔話として、綺麗で切ない恋物語として、不倫さんを永遠の中に閉じ込めてしまうのだろうか。
こんな形で。
さよならも言えてないし、聞いてもないのに?
忘れてしまうことを悲しいとは思わないが、生きてることくらい知らせてよ。
とても天気が良くて、不倫さんが飼い犬を散歩するにはもってこいみたいな日に、ひっそり不倫さんの家を訪ねてみようと思うのです。
私は自死を否定しないけれど、好きな人が目の前で命を絶とうとしたら全力で阻止します。当たり前のことだろう。
責任なんて負わないけど、生きていてほしい。
浮気のこと
自分が愛する人が、本当に自分のことを愛してくれていると思い知ってはじめて「この人を裏切ったらこの人はとても悲しむだろう」という認識がうまれた。
ここに行き着くまでに1年10ヶ月かかった。
おいちゃんを悲しませたくないと思ったから、今までの関係を持った男達全員きった。
性的な関係をということだが...
食事、買い物は私の利益になるので利用できるだけ利用したい。
また、本命がいるって知ってるのに愛だの恋だのに胸を焦がして一方的なアプローチをしてくるおっさんどもが出来たけど、もう眠いのでいいや。
6:47
おやすみ
考えない踊る動じない踊る踊る踊る
子宮からダラダラと血が出るようになった。直感で性病だと思った。病院でもらった膣座薬を入れても血が止まらなくて、自分の中でたった今起きている正体不明のなにかに脅され続けるような毎日だった。
生理のときにしたセックスとはまた違う本当の鮮血をふたりで浴びて、真夜中、真っ赤に染まったおいちゃんのTシャツを洗いながら「案外血ってきれいにおちますね」と冗談を言ったら、痛くしないでねと笑われた。殺すなんて一言も言ってないのに、その前にわたし死んじゃうのかしら、とは言えなかった。
プラシーボ効果なんて私には何にも役に立たないくせに、悪いことは全てもろに影響して本当に身体中あらゆる場所が痛むのだ。
悲しいことは悲しいことのままいられず、やがて肥大化して妄想になる。私はいつも妄想に囚われて、妄想に脅されて、現実よりもはっきりと見える亡霊つまり私が過去現在において殺してきたいくつもの、を睨み続けていたら1日が終わって、気付いたら自分が亡霊になっている。
おいちゃんが言っていた。ドラえもんの都市伝説のあれ、のび太の植物人間の話、今の自分や現実はすべて夢で本当の自分は病院のベッドで寝ているって話、こわくて好き、と話をふったら「病気になったときは今生きてるんだなって思うよ、夢の中で病気になる必要がないから」と言われて、そうですね。と返した。
そういう意味では私は今めちゃくちゃ生きていて、これは夢なんかじゃなくて現実なんだ、自分じゃどうしようもないどうにもならない気持ち悪さ、やっと生きていることが分かった瞬間に死ぬのか、と私はおいちゃんに会う度にわんわん泣いた。
生きたくても生きられなかった誰かになんてなりたくない。若いのにねなんて言われたくない。しょうがないなんて思いたくない。バチがあたったなんて認めない。死にたくても死にきれなかった私のどうしようもない1日すらなかったことになるなんて私がかわいそう。自殺未遂してまで生き残った私がかわいそう。左腕血塗れにしてまで死に損なった私がかわいそう。わたしを慰めてくれる私がいなくなるなんてかわいそう、かわいそう、私はまた独りぼっちだ。
「あきちゃんが本当に癌だったらすぐ婚姻届書いたけどね」と検査結果が出た時に言われた。わたしは生きることになったから命を盾においちゃんを手に入れるチャンスは逃したけど、仮に私が長く生きられなくても一緒に生きようとしてくれたんだこの人と思ったら私はもうおいちゃんのものだし、おいちゃんはもう私のものなのだ、疑う余地はないね。
癌じゃなかったけど、今の生活を続けていたら本当にそうなっていたのかもしれないということを、ここまでなってみないと私は分からない。痛い目をみないと、ほんとうに分からないのだ。
おいちゃん、チンコが数日前から痛いらしくて一緒に病院に行った。性病検査をして、結果は来週だが「パートナーの方も病院に行ったほうがいい」と言われたらしい。
帰りの車で「ごめんね」と謝られた。
ごめんねって、それは私の台詞ですよ!きっと私温泉とかめちゃくちゃ行ってるからそれで伝染したんです、私のせいです絶対、ごめんなさい。と必死でフォローした。
いや、フォローもくそもない。原因は私でしかないのだ。私がいまでもゴムもつけず不特定多数の男とセックスしてるから。
おいちゃんはそれを知らない。ちんこの炎症は性病でないにしろ自分発生の細菌か何かと思っている。たとえそうだとしても原因は私なのだ。おいちゃんは浮気というものを絶対にしない。浮気するくらいなら家で寝る。「俺と付き合う前のあきちゃんはどうだったにしろ、今のあきちゃんはしないと思ってるよ」と浮気に対して絶対の信頼を寄せられている私は、日替わりで遊ぶおっさん達がいて、会うのはだいたい夜で、そうすればだいたいセックスするだろ。
病気になって、おいちゃんに迷惑をかけて、反省をしないことで定評のある私もさすがに罪悪感で震えがとまらないので...ここ数日で不倫さん以外のおっさんをきりました。
セックスしてただ気持ちよくなりたいだけなのにリスク多すぎてムカつくんよ〜〜とは思うけど、それで死んじゃうなんて論外ですから、世の中の女の子には避妊目的じゃなくてもゴムは絶対つけようねって言ってまわりたいです。当たり前のことだよと不倫さんに言われた。
当たり前のこと、ちゃんと学んでこなかった。
普通の人間は、毎日死にたいって思わないんだって。それを知ったのは最近のことだ。
普通の幸せがなんなのかよくわかんないのわたし。
もうずっと前から普通に生きることに限界を感じてんだよ。
この前「おいちゃんと付き合いだしてずいぶんまともになったよね、明るくなったし」と先輩に言われた。
こんな客観的にわかるくらいまともに生きれてる私なんて私じゃないみたいで気持ち悪い、あの頃の私置きざりにしてるみたい?かわいそうって一瞬思ったけれど、これでいいのだ、世の中はもっとシンプルだ。
好きな人に愛されて過去の傷を克服し始めた。これが正しく普通の幸せなのだろうか。
わからない、考えない、踊る。
普通の幸せを守りたいな。
もはや楽しいことでしか狂えない。
「俺のほかにこうやってデートしたり、えっちする人何人いるの?」とおじ様に言われた。
今まで聞いたことのない、真剣で低い声だった。瞬間、この人は私を独占したがっていて今からそういう話をするのだなと思った。
だから私から終わらせてやろうと思った。面倒なのでさっさとこちらから終わらせてやるよと、ずいぶん優しいだろ?
私は、その場しのぎ、興味のない時、話題を変えたい時終わらせたい時によくする空気を吐き出すような笑いを含ませた声で畳み掛けるように答えた。
「定期的に会う人は5人ほど、そのうち1人は既婚者です。ちなみに彼氏のことは大好きです、殺したいほど。だからそのあと彼氏に悪いとか思わないのとか聞かないでくださいね。暇つぶしです、誰でもいいんです、楽しければ別になんでも。演技するのが好きです。媚を売って思い通りに人が動けば満足です。それがおっさんだからセックスがその先にあるだけです。何人かのうちのひとりです。彼氏じゃないならみんな何も言う権利はありません。ましてや共犯者です、今更説教なんてナンセンスです。でもまあ、こういう暗黙の了解を全員何も考えずに受け入れている中こうして表面化させてそれはいけないことだと言えるあなたは凄いと思います、私はやめておいたほうがいいですよ、私に時間さいている場合じゃないですよ」と言ったら「そういう言い方やめてくんない?」ってマジで怒られた。まじか。
先回りして起こりうるであろう会話をまとめて全部こちらから言ってやったのに台無しだ。
「いつか本当に好きな人もなくなるよ?」
動じない。私は私の好きなようにやる。
気持ち悪い。おじ様に見せていた私は私じゃないのに、おじ様はその私に金を払って価値を見出して私を抱いた。気持ち悪い。
セックスしただけで、家に呼んだだけで、デートしたくらいで、マンガを貸しあったくらいで、手作りのお菓子をあげたくらいで、弱音を吐いたくらいで、腕の傷を見せたくらいで、私を独占できると思っている。気持ち悪い。そう言えばこの人は、「当たるといいな」と思って宝くじを買うことができる人で、生きることにむいているのだ。
私との違いをまざまざと見せつけられて、意識が遠のくような虚無を覚えた。お前の普通に私を巻き込むんじゃねーよばーか。
私が今一番嫌いなおっさんも、私が「もう死にたい」と泣いた次の日、デート中に不倫さんとらぶらぶ電話したとき、隣で私の顔をじっと見つめて「裏切るの?」と一言発した。
だれを?なにを?
思わずこぼれた。気持ち悪い。気持ち悪い。お前もか。裏切るもくそも、はじめからなんでもねーだろ。勝手に期待して勝手に裏切られたと騒ぎ立てる人間を殺すために私は存在している。自分を特別な人間だと思っているのか。いいねー生きやすそうで、きみたちは。
あの顔一生忘れない。気持ち悪い。
メールは無視してる。
こんな私の気持ちの悪いもの全てからおいちゃんを遠ざけたい。
これから花火とかお祭りとかたくさんあるので楽しみです。
夏は踊る。
君話してたこともっと大事だった気がするんだ
朝10時に起きて、顔を洗って、10分で洗濯物を干して、彼氏が作っていったご飯を食べながら昼の情報番組を見て、家をでる。
太陽を見るとくしゃみがでる。好きな音楽を聞きながらバイト先に向かう。社会人じゃないから、化粧なんてしなくてせめて色つきのリップクリームを唇にのせる。
適当に笑って適当に話をあわせて適度に自分の意見をいい適度に反抗し適度にやる気をみせる。いつの間にか仕事が終わる。
「ああいたいた極度の甘党が」とか言いながらみんながみんな私の口に菓子をぶち込む。私はそれを甘んじて受け入れる。受け止める、満杯の胃。
心を動かすこともなく、頭を使うこともなく、空っぽの頭上を私がしゃべる言葉だけさらさら通り過ぎていく。
死んだ目は輝かないまま家路につく。
人生が楽勝すぎて笑い転げる。
同級生たちは毎朝6時には起床しているというのに。同僚がいて、上司がいるというのに。新しいものに触れ、新しい景色を見て、新しいコミュニティに身を起き、新しい知識を増やし、頭を使い、言葉を使い、社会の一部として生きているというのに。
でも、実家にいた時よりはずっとちゃんと生きていると毎日思う。
玄関の扉を開ける時の、あの祈りにも似た気持ちは未だに消えない。童話を咀嚼しているときのやるせなさに似てる。鍵穴をひねるときのあの一瞬で私は私の人生に復讐される。毎日。ただ、変わったことは時々私よりはやく私の家に到着した恋人の「おかえり」に容易く救われるということだ。
酸素もガソリンも人の気持ちさえ消費して生きている。私を好きだと言ってくれる人たちの言葉も性衝動も恋心も、ゆっくり味わうことなくただの生活として私は消費していく。私は私ですら消費して、消耗して、そうすればいつか気付かぬ間にすっかり消えてしまえるだろうか。
げんに、右肩斜め上のあいつが出てくる頻度が減っているのだ。悪い事だとは思わないが。新しいこのまちは地元よりまた田舎だから、朝も夜もよく動物の死体が道路にのびていて、横目に通り過ぎる時やっとあいつに出会える。
恋人がいなきゃ私は掃除も洗濯もしないだろう。自炊だけは、きちんとしたものを食べないとすぐに体がダメになるからなんとなくしているけど、肉食すぎて本当に動物になりそうだ。
恋人は心配症で、私がすぐにくたばってしまうと思っているから、そんなことないよ私だって出来るんだよあなたがいなくてもって顔をしたくて家事をしている。洗濯は2日にいっぺんだけど、パンツだけは毎日洗ってる。よく恋人以外の人間とセックスして帰るから、罪悪感とか生活の残滓を綺麗に洗い流してなかったことにするために真夜中ひとりでパンツを洗ってる。この世で1番滑稽な姿だろう。
あくまで一人暮らしだから、私は私1人で生活をしなくてはならない。つまり金銭的な意味でも私は誰にも頼らずやりくりしていく必要があるのだ。それなのに、恋人は毎月きっちり家賃の半分を私に手渡してくる。
いつも両手にいっぱいの食材が入ったスーパーの袋を抱えて飛び込んでくる。「食費いくらでしたか?払いますよ」って言っても「いらないからお金ためときな」って料理を始める。私と半同棲し始めてから料理をするのが楽しいらしいのだ。お互いにご飯を作って、声を揃えていただきますをして、美味しいよありがとうって毎回よしよししたりされたりして、恋人が作った料理でパンパンの冷蔵庫に見合うために、食器洗いだけは私の仕事だと買って出た。
私たちはずっとおしゃべりしてるけど、一緒にお風呂に入るときだけはなぜか無言のまま互いの顔をじっと見つめ合う。私がのぼせるまでの耐久勝負みたいな時間が続いて、恋人の短い髪の毛からポタポタと落ちる水滴が私のほほに流れて、その冷たさに驚く。
私はこの人の全てに触れたい。中の方までやわい肉の内蔵の奥まで手が届きたい。人は無意識にあたたかいものを求めるんだろう、その健気さが切ない。子宮にいた頃の名残か。
恋人と眠るだめだけに購入したセミダブルのベッド。ミントグリーンのシーツ、はじめは「1週間に1回は洗濯する!」って意気込んでいたけど、すぐに精液と汗と血と体液が染み付いた。今はこの汚れが愛しい。おいちゃんが泊まらなかった次の日の冷たい朝に、この染みを指でなぞればたった一瞬だけれど、おいちゃんがいたことを感じられるのだ。
私のナプキンと恋人が出したゴミが同じゴミ袋に捨てられて、この町で処理されるなんてエロい。
8時においちゃんのアラームがなって、1度目恋人が身をよじり薄目で私の存在を確認する。2度目でお互い体を寄せ合い、私の腕の中に恋人がすっぽりおさまる。私は恋人の頭をぎゅっと抱えてふわふわの髪の毛に鼻を埋める。3度目は聞き流して、4度目でやっと小さく覚悟を決めて恋人が起き上がる。起き上がれない私にキスをして、はにかんでベッドを降りる。私はいつもその背中を奇跡みたいな風景だと思う。
低血圧の私より先に今日をスタートしてしまった恋人を見送って、すでに冷たくなったベッドでもう1度眠りにつく。
これも生活なのに、おいちゃんというだけで美しい、おいちゃんというだけで悲しい。こんな取るに足らない生活がいつまでも続くなんて思わない。だけど、この価値がどうか続きますように。玄関の扉を開ける時私は必死に祈る。手をあわせる。待ってくれている人がいてそれだけで私はもう充分です。
もう幸せを知り尽くしたので一緒に心中しましょうと泣く私を困った顔してなだめるあなたが生きて、先へ進む度に、私を生かす。
メンヘラってキッチンが似合うよね似合うでしょう。吉本ばななみたいだから許してねとか言いながら真夜中、冷蔵庫の中のものを立ったまま貪り食べる私の姿を見ていて。
そうすると私につられて転がってるお菓子や33のくせに味がついたヨーグルトラッパ飲みし出すおいちゃんと真夜中の立食パーティー、そのうち夜が明けて名前も読めない横文字だらけのサプリメントで健康体になった気がして踊る。恋人が放つ「体に障るよ」が好きで好きで好きでもっと半端なく添加物をとらなければという気分になります。
セックスした後、お互いにおしっこする姿見せあったのこの世の終わりみたいで愛しくてたまりませんでした。
おいちゃんのちんこはピンクであんなに可愛いのに、おいちゃん以外の男どもの性器はなんであんなに汚いんだろう。どうしてこんなにも簡単に人のことを好きになれるんだろう。おいちゃんに内緒で異性の人間と会う度に、おいちゃんはなんて素晴らしい人間なんだろうって確信するのだ。君は、私のセフレの中で一番になり得ることはあっても、私の一番には絶対になれない。おいちゃんと並ぶことなど生涯ないでしょう。
私は自信がなくて空っぽだから、本当はこんな私のこと少しでも好きになってくれた人全員とセックスしても構わないんだけれど、それも最近飽きてきたよ。
私は今、とても普通に生活ができている。日々平和と退屈さに殺され、薄味の絶望を舌で転がし続けながら、死にたい日々に生きていた過去の私を自分自身の子供のように大切に見守り、優しい恋人の笑顔の仕組みを乱さぬよう、なるべく心穏やかに、自分の足でなんとか立っている。
メンヘラと言われた。やっぱり腕の傷は痛手だった。そんなことはわかってた。命を盾にとれば社会は優しいけれど、その実世間は厳しい。病気だから優しくされたことなんて1度もないし、全部自分で乗り越えるしかなかっただろ。誰も私のこと好きじゃなかったけど、私だって誰のことも好きじゃなかったよ。そのぶん敵は多くなかっただろうし、私も嫌いな人間なんていなかった。
でも、ものすごくわかりやすい形で悪意を向けられた。傷ついて泣いた。
だって私は悪くなかった。
たまたまそうだっただけだ。君も十分なり得ることなのに、運が悪いか悪くないかそれだけなのに、ボタンのかけ間違えで私はここにいる。
傷ついてムカついて悲しくて泣くのは、人に対する期待値が高いからだろう。私は人が好きなのだ。泣くのはおいちゃんと、好きな音楽を聴いたときだけにしたかったのに心が揺れた。