考えない踊る動じない踊る踊る踊る


子宮からダラダラと血が出るようになった。直感で性病だと思った。病院でもらった膣座薬を入れても血が止まらなくて、自分の中でたった今起きている正体不明のなにかに脅され続けるような毎日だった。

生理のときにしたセックスとはまた違う本当の鮮血をふたりで浴びて、真夜中、真っ赤に染まったおいちゃんのTシャツを洗いながら「案外血ってきれいにおちますね」と冗談を言ったら、痛くしないでねと笑われた。殺すなんて一言も言ってないのに、その前にわたし死んじゃうのかしら、とは言えなかった。

プラシーボ効果なんて私には何にも役に立たないくせに、悪いことは全てもろに影響して本当に身体中あらゆる場所が痛むのだ。

悲しいことは悲しいことのままいられず、やがて肥大化して妄想になる。私はいつも妄想に囚われて、妄想に脅されて、現実よりもはっきりと見える亡霊つまり私が過去現在において殺してきたいくつもの、を睨み続けていたら1日が終わって、気付いたら自分が亡霊になっている。


おいちゃんが言っていた。ドラえもんの都市伝説のあれ、のび太の植物人間の話、今の自分や現実はすべて夢で本当の自分は病院のベッドで寝ているって話、こわくて好き、と話をふったら「病気になったときは今生きてるんだなって思うよ、夢の中で病気になる必要がないから」と言われて、そうですね。と返した。

そういう意味では私は今めちゃくちゃ生きていて、これは夢なんかじゃなくて現実なんだ、自分じゃどうしようもないどうにもならない気持ち悪さ、やっと生きていることが分かった瞬間に死ぬのか、と私はおいちゃんに会う度にわんわん泣いた。

生きたくても生きられなかった誰かになんてなりたくない。若いのにねなんて言われたくない。しょうがないなんて思いたくない。バチがあたったなんて認めない。死にたくても死にきれなかった私のどうしようもない1日すらなかったことになるなんて私がかわいそう。自殺未遂してまで生き残った私がかわいそう。左腕血塗れにしてまで死に損なった私がかわいそう。わたしを慰めてくれる私がいなくなるなんてかわいそう、かわいそう、私はまた独りぼっちだ。



「あきちゃんが本当に癌だったらすぐ婚姻届書いたけどね」と検査結果が出た時に言われた。わたしは生きることになったから命を盾においちゃんを手に入れるチャンスは逃したけど、仮に私が長く生きられなくても一緒に生きようとしてくれたんだこの人と思ったら私はもうおいちゃんのものだし、おいちゃんはもう私のものなのだ、疑う余地はないね。



癌じゃなかったけど、今の生活を続けていたら本当にそうなっていたのかもしれないということを、ここまでなってみないと私は分からない。痛い目をみないと、ほんとうに分からないのだ。


おいちゃん、チンコが数日前から痛いらしくて一緒に病院に行った。性病検査をして、結果は来週だが「パートナーの方も病院に行ったほうがいい」と言われたらしい。

帰りの車で「ごめんね」と謝られた。

ごめんねって、それは私の台詞ですよ!きっと私温泉とかめちゃくちゃ行ってるからそれで伝染したんです、私のせいです絶対、ごめんなさい。と必死でフォローした。

いや、フォローもくそもない。原因は私でしかないのだ。私がいまでもゴムもつけず不特定多数の男とセックスしてるから。

おいちゃんはそれを知らない。ちんこの炎症は性病でないにしろ自分発生の細菌か何かと思っている。たとえそうだとしても原因は私なのだ。おいちゃんは浮気というものを絶対にしない。浮気するくらいなら家で寝る。「俺と付き合う前のあきちゃんはどうだったにしろ、今のあきちゃんはしないと思ってるよ」と浮気に対して絶対の信頼を寄せられている私は、日替わりで遊ぶおっさん達がいて、会うのはだいたい夜で、そうすればだいたいセックスするだろ。


病気になって、おいちゃんに迷惑をかけて、反省をしないことで定評のある私もさすがに罪悪感で震えがとまらないので...ここ数日で不倫さん以外のおっさんをきりました。

セックスしてただ気持ちよくなりたいだけなのにリスク多すぎてムカつくんよ〜〜とは思うけど、それで死んじゃうなんて論外ですから、世の中の女の子には避妊目的じゃなくてもゴムは絶対つけようねって言ってまわりたいです。当たり前のことだよと不倫さんに言われた。


当たり前のこと、ちゃんと学んでこなかった。

普通の人間は、毎日死にたいって思わないんだって。それを知ったのは最近のことだ。


普通の幸せがなんなのかよくわかんないのわたし。

もうずっと前から普通に生きることに限界を感じてんだよ。


この前「おいちゃんと付き合いだしてずいぶんまともになったよね、明るくなったし」と先輩に言われた。

こんな客観的にわかるくらいまともに生きれてる私なんて私じゃないみたいで気持ち悪い、あの頃の私置きざりにしてるみたい?かわいそうって一瞬思ったけれど、これでいいのだ、世の中はもっとシンプルだ。

好きな人に愛されて過去の傷を克服し始めた。これが正しく普通の幸せなのだろうか。

わからない、考えない、踊る。

普通の幸せを守りたいな。


 もはや楽しいことでしか狂えない。




「俺のほかにこうやってデートしたり、えっちする人何人いるの?」とおじ様に言われた。

今まで聞いたことのない、真剣で低い声だった。瞬間、この人は私を独占したがっていて今からそういう話をするのだなと思った。


だから私から終わらせてやろうと思った。面倒なのでさっさとこちらから終わらせてやるよと、ずいぶん優しいだろ?

私は、その場しのぎ、興味のない時、話題を変えたい時終わらせたい時によくする空気を吐き出すような笑いを含ませた声で畳み掛けるように答えた。

 「定期的に会う人は5人ほど、そのうち1人は既婚者です。ちなみに彼氏のことは大好きです、殺したいほど。だからそのあと彼氏に悪いとか思わないのとか聞かないでくださいね。暇つぶしです、誰でもいいんです、楽しければ別になんでも。演技するのが好きです。媚を売って思い通りに人が動けば満足です。それがおっさんだからセックスがその先にあるだけです。何人かのうちのひとりです。彼氏じゃないならみんな何も言う権利はありません。ましてや共犯者です、今更説教なんてナンセンスです。でもまあ、こういう暗黙の了解を全員何も考えずに受け入れている中こうして表面化させてそれはいけないことだと言えるあなたは凄いと思います、私はやめておいたほうがいいですよ、私に時間さいている場合じゃないですよ」と言ったら「そういう言い方やめてくんない?」ってマジで怒られた。まじか。

先回りして起こりうるであろう会話をまとめて全部こちらから言ってやったのに台無しだ。


「いつか本当に好きな人もなくなるよ?」


動じない。私は私の好きなようにやる。


気持ち悪い。おじ様に見せていた私は私じゃないのに、おじ様はその私に金を払って価値を見出して私を抱いた。気持ち悪い。

セックスしただけで、家に呼んだだけで、デートしたくらいで、マンガを貸しあったくらいで、手作りのお菓子をあげたくらいで、弱音を吐いたくらいで、腕の傷を見せたくらいで、私を独占できると思っている。気持ち悪い。そう言えばこの人は、「当たるといいな」と思って宝くじを買うことができる人で、生きることにむいているのだ。


私との違いをまざまざと見せつけられて、意識が遠のくような虚無を覚えた。お前の普通に私を巻き込むんじゃねーよばーか。


私が今一番嫌いなおっさんも、私が「もう死にたい」と泣いた次の日、デート中に不倫さんとらぶらぶ電話したとき、隣で私の顔をじっと見つめて「裏切るの?」と一言発した。


だれを?なにを?


思わずこぼれた。気持ち悪い。気持ち悪い。お前もか。裏切るもくそも、はじめからなんでもねーだろ。勝手に期待して勝手に裏切られたと騒ぎ立てる人間を殺すために私は存在している。自分を特別な人間だと思っているのか。いいねー生きやすそうで、きみたちは。


あの顔一生忘れない。気持ち悪い。

メールは無視してる。




こんな私の気持ちの悪いもの全てからおいちゃんを遠ざけたい。

これから花火とかお祭りとかたくさんあるので楽しみです。

夏は踊る。




君話してたこともっと大事だった気がするんだ


朝10時に起きて、顔を洗って、10分で洗濯物を干して、彼氏が作っていったご飯を食べながら昼の情報番組を見て、家をでる。

太陽を見るとくしゃみがでる。好きな音楽を聞きながらバイト先に向かう。社会人じゃないから、化粧なんてしなくてせめて色つきのリップクリームを唇にのせる。


適当に笑って適当に話をあわせて適度に自分の意見をいい適度に反抗し適度にやる気をみせる。いつの間にか仕事が終わる。

「ああいたいた極度の甘党が」とか言いながらみんながみんな私の口に菓子をぶち込む。私はそれを甘んじて受け入れる。受け止める、満杯の胃。

心を動かすこともなく、頭を使うこともなく、空っぽの頭上を私がしゃべる言葉だけさらさら通り過ぎていく。

死んだ目は輝かないまま家路につく。

人生が楽勝すぎて笑い転げる。

同級生たちは毎朝6時には起床しているというのに。同僚がいて、上司がいるというのに。新しいものに触れ、新しい景色を見て、新しいコミュニティに身を起き、新しい知識を増やし、頭を使い、言葉を使い、社会の一部として生きているというのに。


でも、実家にいた時よりはずっとちゃんと生きていると毎日思う。


玄関の扉を開ける時の、あの祈りにも似た気持ちは未だに消えない。童話を咀嚼しているときのやるせなさに似てる。鍵穴をひねるときのあの一瞬で私は私の人生に復讐される。毎日。ただ、変わったことは時々私よりはやく私の家に到着した恋人の「おかえり」に容易く救われるということだ。


酸素もガソリンも人の気持ちさえ消費して生きている。私を好きだと言ってくれる人たちの言葉も性衝動も恋心も、ゆっくり味わうことなくただの生活として私は消費していく。私は私ですら消費して、消耗して、そうすればいつか気付かぬ間にすっかり消えてしまえるだろうか。

げんに、右肩斜め上のあいつが出てくる頻度が減っているのだ。悪い事だとは思わないが。新しいこのまちは地元よりまた田舎だから、朝も夜もよく動物の死体が道路にのびていて、横目に通り過ぎる時やっとあいつに出会える。


恋人がいなきゃ私は掃除も洗濯もしないだろう。自炊だけは、きちんとしたものを食べないとすぐに体がダメになるからなんとなくしているけど、肉食すぎて本当に動物になりそうだ。

恋人は心配症で、私がすぐにくたばってしまうと思っているから、そんなことないよ私だって出来るんだよあなたがいなくてもって顔をしたくて家事をしている。洗濯は2日にいっぺんだけど、パンツだけは毎日洗ってる。よく恋人以外の人間とセックスして帰るから、罪悪感とか生活の残滓を綺麗に洗い流してなかったことにするために真夜中ひとりでパンツを洗ってる。この世で1番滑稽な姿だろう。


あくまで一人暮らしだから、私は私1人で生活をしなくてはならない。つまり金銭的な意味でも私は誰にも頼らずやりくりしていく必要があるのだ。それなのに、恋人は毎月きっちり家賃の半分を私に手渡してくる。

いつも両手にいっぱいの食材が入ったスーパーの袋を抱えて飛び込んでくる。「食費いくらでしたか?払いますよ」って言っても「いらないからお金ためときな」って料理を始める。私と半同棲し始めてから料理をするのが楽しいらしいのだ。お互いにご飯を作って、声を揃えていただきますをして、美味しいよありがとうって毎回よしよししたりされたりして、恋人が作った料理でパンパンの冷蔵庫に見合うために、食器洗いだけは私の仕事だと買って出た。

私たちはずっとおしゃべりしてるけど、一緒にお風呂に入るときだけはなぜか無言のまま互いの顔をじっと見つめ合う。私がのぼせるまでの耐久勝負みたいな時間が続いて、恋人の短い髪の毛からポタポタと落ちる水滴が私のほほに流れて、その冷たさに驚く。

私はこの人の全てに触れたい。中の方までやわい肉の内蔵の奥まで手が届きたい。人は無意識にあたたかいものを求めるんだろう、その健気さが切ない。子宮にいた頃の名残か。


恋人と眠るだめだけに購入したセミダブルのベッド。ミントグリーンのシーツ、はじめは「1週間に1回は洗濯する!」って意気込んでいたけど、すぐに精液と汗と血と体液が染み付いた。今はこの汚れが愛しい。おいちゃんが泊まらなかった次の日の冷たい朝に、この染みを指でなぞればたった一瞬だけれど、おいちゃんがいたことを感じられるのだ。

私のナプキンと恋人が出したゴミが同じゴミ袋に捨てられて、この町で処理されるなんてエロい。


8時においちゃんのアラームがなって、1度目恋人が身をよじり薄目で私の存在を確認する。2度目でお互い体を寄せ合い、私の腕の中に恋人がすっぽりおさまる。私は恋人の頭をぎゅっと抱えてふわふわの髪の毛に鼻を埋める。3度目は聞き流して、4度目でやっと小さく覚悟を決めて恋人が起き上がる。起き上がれない私にキスをして、はにかんでベッドを降りる。私はいつもその背中を奇跡みたいな風景だと思う。

低血圧の私より先に今日をスタートしてしまった恋人を見送って、すでに冷たくなったベッドでもう1度眠りにつく。


これも生活なのに、おいちゃんというだけで美しい、おいちゃんというだけで悲しい。こんな取るに足らない生活がいつまでも続くなんて思わない。だけど、この価値がどうか続きますように。玄関の扉を開ける時私は必死に祈る。手をあわせる。待ってくれている人がいてそれだけで私はもう充分です。

もう幸せを知り尽くしたので一緒に心中しましょうと泣く私を困った顔してなだめるあなたが生きて、先へ進む度に、私を生かす。


メンヘラってキッチンが似合うよね似合うでしょう。吉本ばななみたいだから許してねとか言いながら真夜中、冷蔵庫の中のものを立ったまま貪り食べる私の姿を見ていて。

そうすると私につられて転がってるお菓子や33のくせに味がついたヨーグルトラッパ飲みし出すおいちゃんと真夜中の立食パーティー、そのうち夜が明けて名前も読めない横文字だらけのサプリメントで健康体になった気がして踊る。恋人が放つ「体に障るよ」が好きで好きで好きでもっと半端なく添加物をとらなければという気分になります。

セックスした後、お互いにおしっこする姿見せあったのこの世の終わりみたいで愛しくてたまりませんでした。


おいちゃんのちんこはピンクであんなに可愛いのに、おいちゃん以外の男どもの性器はなんであんなに汚いんだろう。どうしてこんなにも簡単に人のことを好きになれるんだろう。おいちゃんに内緒で異性の人間と会う度に、おいちゃんはなんて素晴らしい人間なんだろうって確信するのだ。君は、私のセフレの中で一番になり得ることはあっても、私の一番には絶対になれない。おいちゃんと並ぶことなど生涯ないでしょう。

私は自信がなくて空っぽだから、本当はこんな私のこと少しでも好きになってくれた人全員とセックスしても構わないんだけれど、それも最近飽きてきたよ。


私は今、とても普通に生活ができている。日々平和と退屈さに殺され、薄味の絶望を舌で転がし続けながら、死にたい日々に生きていた過去の私を自分自身の子供のように大切に見守り、優しい恋人の笑顔の仕組みを乱さぬよう、なるべく心穏やかに、自分の足でなんとか立っている。


メンヘラと言われた。やっぱり腕の傷は痛手だった。そんなことはわかってた。命を盾にとれば社会は優しいけれど、その実世間は厳しい。病気だから優しくされたことなんて1度もないし、全部自分で乗り越えるしかなかっただろ。誰も私のこと好きじゃなかったけど、私だって誰のことも好きじゃなかったよ。そのぶん敵は多くなかっただろうし、私も嫌いな人間なんていなかった。

でも、ものすごくわかりやすい形で悪意を向けられた。傷ついて泣いた。

だって私は悪くなかった。

たまたまそうだっただけだ。君も十分なり得ることなのに、運が悪いか悪くないかそれだけなのに、ボタンのかけ間違えで私はここにいる。

傷ついてムカついて悲しくて泣くのは、人に対する期待値が高いからだろう。私は人が好きなのだ。泣くのはおいちゃんと、好きな音楽を聴いたときだけにしたかったのに心が揺れた。



悲しい顔を君には見せたいと思います


大学生活どうだったんやろって振り返ったらマジでセックスしかしてなかった。

そんなことはない、そんなことはないんだけれど。


中高はずっと死にたかった。どうしたら死ねるか、そればかり毎日毎日考えていた。

家庭環境と元々の気質と病気。冬の海に飛び込んだり首を吊ったり薬をたくさん飲んで何度も仮死状態になって何度もぶっ壊して何度も何度も何度も間違ってその度に自分の世界を作り変えていく、それしか私は知らなかったし、それ以外の方法なんてなんの役にもたたなかった。

目が覚めた時は病院だった。前後の記憶はないが、看護師に「死にたかったんですか?」と聞かれて何も答えられなかったことだけは覚えてる。当たり前だろって苦笑いしようとしてはじめて顔が痺れて表情を作れないことに気がついた。死にたかった、助けて欲しかった連れて行って欲しかったそれができないならみんな死んで欲しかった殺して欲しかった。

友達は知らない。親も知らない。

私は私というキャラクター、人格を作ってそこに自分を押し当てはめて生活をしていた。今は笑うところ、今は泣くところ、今は怒るところ、今は喜ぶところ、そうやって先に頭で考えて感情や表情を作っていく。

ここはこうした方がこの人は喜ぶだろうなって常に考えて、バカをすると案の定喜んでくれると、私も嬉しい。自分をうまく作れることが嬉しい。成功だ。うまくやれている。人間らしい。私は私を作ってしまえれば何でも話すことができた。とても饒舌に楽しい話ができるし、可哀想なふりをして同情をひくこともできた。

これはとても自分にあっていて楽だ。みんな私を私だと疑わない。楽なんだけど、疲れはする。空っぽなのに常に自意識は動いて、空っぽの体と脳みそを右肩斜め上から私が見張っている。無声映画を見ているような実感のなさ、私はきっとこれからも自分の人生の、この世界の当事者にはなれない、ここにいるのにね、あーあ今日も生きてるんだか死んでるんだかわからないや。だから時々、無理矢理にでも自分の肉体とこの世界をくっ付けるためにアームカットをして血を流してみたり、過食をして胃を満杯にしてみたり、首を締めてみたり、同級生の眼球を舐めてみたりするんだ。肉や脂肪に触れて、それが一瞬でも痛みを、柔らかさを、なめらかさを感じれば私が生きている証明になったんだ。

気持ち悪いと思う。でも、それはみんな同じだとも思った。事実、私の周りは病んでる人間ばかりだったし、そういうことをしないとみんな生きれなかった。結局、それら全てを含めて私は私だ、耐え難い現実だが。


私はなんとなくそんな自分を引きずったまま大学に入学した。その大学を選んだのは、センターが楽勝で特待で入れる確信があったのと、やりたいことがないのにやりたくないことばかりで(英語とか教育とか)心理学ってなんかふわっとしていてチャラチャラしてなんか楽そうだと思ったから。欲をいえばどうして私がこんな生き方しかできないのか知りたかった。


で、結局大学生活はどうだったかと言うと、ざっくりまとめるとどちゃくそ楽だった。

まず、勉強しなかった。勉強が大嫌いだ。

うちの母親は典型的教育ママで、子供が行きたいとも言っていないのに気付いたら塾かけもち4つ、家庭教師、英会話、ピアノ、バイオリン、オーケストラに入れさせられていた。いったい私や弟をどれだけ優秀な人間に育てたかったのか知らないが、親の期待に反して私はすくすくと順調に捻くれて勉強大嫌いクズ人間に仕上がった。

特に英会話は最悪だった。性格の悪いヒステリックババアが経営する塾で、間違えるとホワイトボードを指す棒で叩かれた。だから私は英語が苦手だ、苦手とかじゃなくもう嫌いだ。ふれたくない、アレルギー反応みたいなものだ。これからはグローバル社会です、私は順応できない死ねばいいのか。

クタクタになって夜家に帰ると、そこからまた勉強をさせられる。ミスすると「馬鹿」と罵られた。

平日は塾で疲れ切って、やっときた休日は楽器の練習で潰れる。練習を母親が見張っている。間違えると怒鳴られる。

耐えかねて、もうやめたい、嫌だと言うと、「根性なし、出来損ない」と言われた。母親の期待通りの娘になりたくて努力していたけれど、その努力は大抵努力と見なされなかったし、やることなすこと全て否定された。それで、悟った、というより諦めた、というより無気力になった。自分のやることは全て否定される、私は無意味で、無力な人間だという植えつけられた無力さ、無気力感は今後私の人生の多くを蝕むことになる。小学生の頃の話。


そして見事、"努力することは無意味だ嫌いだクソだ面倒臭い"という人間に育った私は、なるべく楽に、なるべく頭を使わない、低カロリー、低燃費な生き方をしようと心に誓った。大学のなんてぴったりなこと...!

サボれるし寝てても何も言われないし...テスト前にちょっと勉強すれば大抵できちゃうし。そう、大抵出来るのだ私は、何でも。センターで特待で入ると、その後継続して高い成績を保たなければ特待は免除になる。別にいいんだけど、授業費が半額になるので親からの無言のプレッシャーを感じていた。だから私はテスト前だけは努力した、どれだけ授業をサボっても、どれだけ朝帰りをしても。まだ中途半端に優秀であろうとした、中途半端に真面目なのだ。親に復讐しようとも思ったが、それと授業費は関係ないし、何よりそこで復讐という名目で成績を下げるのは普通にダサいと思ったしこだわっていると自分自身が思いたくなかった。親と私は別の人間なんだと、いい加減思いたかった。

自分の限界を知っていた。大抵何でも出来るけど、大抵、ずば抜けてすごいものはなかった。文章を褒められても作家にはなれないし、絵は描けてもそれで食っていけるわけじゃないし、運動ができても学年で一番にはなれないし、とにかく自分の才能のなさは自分が一番知っている。だから、期待してくる大人が物心ついたときから嫌いだった。あたなならと勝手に期待してこちらが出来ないと勝手に見限って勝手に怒る、教師が嫌いだ。カウンセラーも嫌いだ、私の何がわかるんだお前らに、お前らに私がわかってたまるか。

という精神で生きてきたので、鼻持ちならない子供だったのでしょう。信用なんて全然してない、今でも、大人に相談とか心を開くとか反吐がでる。

本当は知っている。そんな大人ばかりじゃないことくらい、私はまだ餓鬼なのだ、クソださい反抗期なのだ。

という点で、大学の教授は無駄に干渉してくることがないからすごく楽だった!

むしろみんなが、あきちゃんはっていつも呆れ顔で見るところを教授が「君は真面目だからね」って言ったとき、「そうそう私、皆んなはどうしようもないチャランポランだと思っているだろうけど本当はすごく真面目で、真面目すぎて色々疲れちゃって、それが一周まわって全てがどうでもよくなっちゃってこんなグダクダ生きていて、でも根底は何も変わってないから誰かの期待とか自分のプライドとか過去の自分にこだわって時々苦しくなるんだ」って思って、全部見透かされてるみたいで恥ずかしくて少し嬉しくて私は全然餓鬼だなって落ち込んだ。


人間関係も楽だった!

なぜならここでも干渉しあうことがないから。と思っていたら、私の知らないところで友人たちは干渉しあい、裏切りあい、秘密をかわし、誰かを傷つけ、傷つけられたりしていた。なんというか、ウケた。

そもそも、友達って都合のいいときに利用しあうものじゃないのか。それがないなさようなら、そういうものじゃないのか。

なんでこの、大学っていうおそらく人生で一番自由な場所で、自分でなんだって選べる環境で、人さえも選べるところで、普通に泣いたりしてるんだ?普通に、「あのね、あのこがね」なんて話したりするんだ?

すげえ超女子だ。女子の一番嫌なところが出てて、みんな可愛かったよ。わざわざ近づいてわざわざ傷つくという不幸ごっこが瞬く間に展開されていて、私はいつもそれを遠くから見つめていた。裏切りあう瞬間を目の前でずっと待っていた。そんなものはせいぜい高校生までだと思っていたが、結局人がひとり以上になると必ず歪みが起きるのか。

達観しているわけじゃなくて、関われなかった。興味がないのは、傷つきたくないからなのかな。興味がないんだ、好きな人以外に。

本当に大切なものはほんのすこしでいい、無くしたら終わり。私は友達全然いないんだけど、今いる友達が私は大好きだから、いなくなったらもうお終い。


まあ一番の理由は外の世界での出来事が忙しすぎた。彼氏に殴られたり、おいちゃんに助け出されたり、性病になったり、経験人数を数えることをやめたり、浮気がやめられなかったり、むしろ大学内で学ぶことより、こっちの方で傷ついたり死にかけたり、ぶっ壊すんじゃなくて自分と対峙しなきゃならなくなったり、学習することは多かった。それはきっと続いていくから今記す気力がない。



たくさん時間があったから、たくさん旅行に行って、ライブにも行けたからよかった。

色んなことでダウナーになってて卒業式も謝恩会にも出たくなかったけど、謝恩会でムービーを見たときなんか自然に笑ってしまったので、私の大学生活はとてもよかったんだと思います。


私は自分が無意味で、無価値で、くだらない、空っぽの人間だと思っているので、言い訳だけど、就職活動はしなかった。できなかった。きっとまた否定されたら私は今度こそダメになってしまう気がして逃げた。

何にも興味がない、と言う友人たちがみなきちんと就職しているのは少し羨ましい。

私は恵まれているんだろう、それでも生きていけるんだから。


一人暮らしをはじめようと思って、お金をためて、ちゃんとその準備が出来たことだけが唯一私が成し遂げられたことだ。家を出るまで結局親のことを好きになれなかった。








私は私よ 心があるもの

そうそう、そういえば夏休みの間に経験人数が+3です。


浮気に倫理観は関係あるんだろうか。


どうして人を殺しちゃいけないの?
これは私が小学生の頃から疑問に思っていることです。私は世界のすべてが敵だと思っていて、殺したい人間が自分自身を含めてたくさんいたので日がな1日こんなことを考えている生意気な餓鬼だったと思う。
大人は言いますね、「自分がされて嫌なことは人にしてはいけない」と。でも、世の中には別に自分は殺されても構わない、むしろ死刑になりたかったから人を殺したという殺人者もいる。では、「かけがえのない1つの命をこの世から奪ったから」と言ってみる、でもこれは人を殺すことと言ってることは同じだからあまり意味がない。じゃあ、「その人が死ぬと悲しむ家族や恋人がいるから」それなら独り身で天涯孤独の人間は周りに悲しむ人間はいないから殺されたっていいんだろうか。
そう考えていくと人を殺してはいけない理由なんてない。人を殺してもいいと思う。ただ、道徳や法律で「人は殺してはいけない」とされていて人を殺せば罪に問われるから私たちは殺人をしないだけだ。
もちろんつぶさに見ていけばおかしい。
そんなの間違ってる。だから私たちは人が本来持ち合わせるべき倫理を育てる。
戦争する国では殺人に目を瞑る、でも戦地から帰った兵士がPTSDで自殺するのは自分の心が、倫理が殺人を許容できなかったからだ。私たちが本当に大切に育てるべきなのはなにか。
未来の子供よ!よき倫理を!
そのためには自分の頭で考えることです。たくさん人やものと触れあって多種多様の意見を交換しあって人の気持ちを理解することです。
考えることをやめたらそれはもはや人間ではない。

だから私は人間ではない。
夏休み、時々前触れもなく訪れる恐怖症のようなものに襲われるものの比較的安定して過ごせたと思う。現実的な問題は特になかった。家には相変わらず帰りたくなかったけど、そもそもおいちゃん家とラブホを往復する毎日でほんどの夜を他人の家で過ごしたのでそれほど重要ではなかった。私は他人の気配がするとどれだけ気を許した相手でも夜眠れないという特性を持っているので体調だけは激悪くて、体調が悪いとだいたいそれに心も引きずられるから夜は危なかったけど、一緒に眠るおいちゃんや不倫さんはそれを理解してくれているからやりやすかった。あとは元彼問題が激化して私が殺されるんじゃないかって話題で持ちきりだった。殺されたら殺されたで仕方ないし、どうも私は自分の問題を他人事のように捉えるふしがあるからなんかヘラヘラしてた。元彼の愛は、他人からしたらもはや私のことすら考えていない一方的で身勝手なエゴの塊だ。私だってそう思う、どうでもいい相手からの大袈裟な好意なんてただただめんどくせーしうざいし怖い。でも、おいちゃんからみて私の愛が元彼の愛と同質のものだったらどうしよう。どうしよう、恋は盲目だ、純粋さは笑顔で暴力をふるうから時々間違える。


なんか学校が?友達が大変みたい。
私はもう3年と半年以上大学生やってるけど、大学の外での世界で色々ありすぎて大学生活に目をむける余裕があまりなかった。でも私は私なりに大学生活を楽しんでいたつもりだし、友達はいるけれどプライベートでは特に関わったりしない距離感が楽で、そもそも問題を抱えるような関係にみんななってんのすげえなあとか思う。都合のいいときに利用しあえばいいじゃない?別に嫌なら離れればいいのに、なんで一緒にいるんだろう。あっちはあっちでこっちはこっちで文句をいいながらニコニコしてるのとか虚しくならないのかな。そういうの高校生までだと思っていたからびっくりだな、滑稽で笑えるけど女の子って感じで可愛いかも。しかもそれが浮気とかなんとか恋愛のすったもんだって聞いてて、えっじゃあ既婚者とディズニー行ってる私はなんなんですか?とか思う。
メンヘラ落ち着いてきましたとか言って、それを喜んでくれる恋人がいるのに恋人以上に会っている男性がいて、ほんと性器ぶっ壊れるんじゃない?ってくらい毎日毎日セックスしてる私は何なんだろう。

なんかね、おいちゃんのことでそれほど騒ぐこともなくなってきたんですよ。あんなに毎日毎日会いたくて会いたくて震えながら手首切ってた人間がですよ?って得意気に笑ったら「それ俺と頻繁に会ってるから気持ちが紛れてるだけでしょ(笑)メンヘラ治ってないよたぶん」て言われちゃった。まあそうだねだって実際不倫も浮気もやめられないし。
でも、不倫や浮気が悪いって断言できる人間がどれくらいいるんだろうか。私のようなメンヘラが例えば幼少期の愛着の問題でこんな恋愛パターンになってしまったとするなら、そしてそれがパートナーとは違う異性と話したりセックスしたりすることで癒せる何かがあるなら、それを責めたり誰が出来るんだろう。もちろん良いことではないよね。例えばおいちゃんが浮気したら私は相手の女を殺すだろうし、まあ物理的にそれができなくても少なくともキスしたり手つないだ皮膚や粘膜を切り裂いたり剥がしたりしないと気がすまないからね。

結局大人の判断でどう決着をつけるかが問題なんだろう。そこは当人達どうしの、もてる倫理観を使ってよくよく話し合っての決断でしょ。私が不倫や浮気をやめないのはこれが悲劇的なものにならないって確信があるからだ。だってわたしには心があって、おいちゃんのことを世界で一番愛しているからよ。

友達に対しても思うけど、極論バレなきゃ無いのと一緒なんだよ。
私はどんな結末でも絶対に最後まで隠し通す。これが私の義務。


ただ、不倫さんとおいちゃんを天秤にかけ始めているのは自分自身に、なんだか情けないなあという感じだ。おいちゃんは優しい。ほんとうに優しくて素敵な男性だ。この前だってスパイシーチキンが食べたいからファミマに行ったのに売ってなくて、「お肉が食べたかったけど仕方ないやー」っておいちゃんの部屋に帰って買ってきたコンビニ弁当並べてたら、忽然とおいちゃんが消えて、トイレかな...長いな..うんこかな...って待ってたら、おいちゃんセブンのからあげ棒持って現れて「はい肉」って差し出してくれたの。すごくかっこよかったまた惚れちゃった。そういう人だもの。

でもいずれ結婚するとなるとなんだか妙な息苦しさを覚える。私がまだ見捨てられ不安を克服できてなくて、おいちゃんの一挙手一投足が怖くて、本当に私のこと好きなんだろうかって疑念が振り払えないのがたぶん最大の原因なんだろうけど。おいちゃんと付き合い始めたときは絶対にこの人と一生一緒にいたいから無理矢理にでも結婚してやるって思ったけど、おいちゃん結婚向いてなさそうだしなあ。不倫さんが安心するのは最後は絶対選ばれないっていう楽さがあるからなのかも。でもあの人本気で私のこと好きみたいだし、もしかしたらまじで離婚とかするかもだし、養ってくれるだろうし、愛情表現がわかりやすくて、わかりやすい愛情を求めるメンヘラ人間にはすごく安心するんですよね。おいちゃんはたまになにを考えているのかわからなくて怖い。
考えたくないなあ。私はやっぱりどこかで自分が幸せになることを諦めているのかもしれない。

まあでもせっかく生まれて自分の人生一度しかないのに周りどうこうを気にして綺麗ぶって身をひこうとか大人のふりしてる人間は嫌いなので私はやりたいようにやります。

なんだってわかる 自分のこと以外なら

私はいつも私の主観でしかものを語らない、私の哲学は私の中へしか還らない、だから他人のブログなりを読むと毎回新鮮に驚いて感動してすげーって思います本当に。私以外のすべての人の文章に心打たれて、たぶんブログってこうあるべきなんだなって思う。私は私のくだらない日常を垂れ流すだけ、便所の紙程度の、チラシの裏程度の、それでも私を突き動かす行動原理は自己顕示欲なり、自己表現欲求なりの、つまり私はここに生きているという声をどうか聞いてほしいのあらわれだと思う。

もうこれ以上余計に生きても私はあなたを汚してしまうという夏。
私は境界性人格障害でしたが治ったと思っていたのですよ。いったい何を根拠にと自分でも思うけど、精神科に通院してるわけでもないし、時々腕を切るけれどオーバードーズはしないし、部屋の窓から飛び降りることもなくなったし、たまにむちゃ食いするけれど過食も拒食もしないし、不倫してるけど知らんやつに話しかけられて安易に性行為することもなくなったし、LINEで既読無視されたとき鬼電することもないし、返信が5分で返ってこなかったら吐くこともしないし、全然大丈夫じゃない?全然余裕なんじゃない?って思っていたんですけど、やっぱりおかしいおかしいって言われて、恋人であるおいちゃんにも「君は頭が少しおかしい」って言われて、見捨てられ不安だけはどうしても消えなくておいちゃんに嫌われたとか捨てられるとかおいちゃんが死んじゃうとか毎日毎日毎秒毎秒呼吸してる間はずっと、不安とか焦燥とか虚しさとか怒りとかが夏の日射しみたいに降り注いで肌の中まで焼かれるように痛くて痛くてその痛みは身体を傷つけるっていう目に見える方法でしか誤魔化せなくて、「ざまあみろ」って思いながら腕を切ってる。私みたいなクソ傷つけてやったぜざまあみろwwwwって思ってる、あーきもちいいーだいたいみんな自分を大切にしろとか自分を大事にしろって言うけど私は私を蔑ろにしてるつもりはないしむしろこうして自傷行為しておしっこ漏らすくらいきもちいい思いしてんだよとか本当に思っていたから普通に性病にもかかるし腕も内蔵もボロボロなんだよね。不倫さんと久しぶりに会ってセックスしたとき「ゴムつけるから」って言われてすっごいびっくりしちゃった。中学からピル飲んでいて99%妊娠しないし、ゴムつけたら男の人感度下がるって聞くし可哀想だなって思っていたから今までゴムなし中出しセックスが普通で、「人生初コンドームセックス!!」って笑ったら「妊娠しないかもしれないけど性病もあるんだよ?あきちゃんが一番よくわかってるでしょ?男の人が可哀想とかそんなこと考えるなよ自分を大切にしろよ」って怒られてなんか笑えなかった。おいちゃんも生理のときに「生理中は君の体に負担かかるからえっちはダメだよ」って言っていてむしろショックだった。自分がかわいくて仕方がないのに肝心なところは何も考えていない自分に衝撃をうけた。

そして私は(完治していたわけではない)病気を振りかざして、おいちゃんの優しさにつけこんで、気づかないふりをしておいちゃんのことボロボロにしていた。夏の始め、目に見えるくらいまでに本当にボロボロになったおいちゃん、その疲れに触れるんじゃないかってくらい私たちの間にどうしようもない空気が流れていて、もうお仕舞いだと思った。もう何もかも全部終わりだ、私は結局幸せになれないんだなあってめちゃくちゃに荒れた。それで自分から不倫さんに連絡をとってすぐに会って、私が今まで気付きたくなかったから目を背けていたもの全部言語化されて全身蜂の巣にされてぼろぼろ泣いたところを慰められて抱き締められて頭を撫でられてあの一時だけは子供でいることを許されて、でも私は子どもの頃に抱き締めてほしかったなあお母さんって泣いて、本当にいま抱き締めてほしいのはやっぱりおいちゃんだなあって泣いて泣き続けたのを覚えている。私の心理状態を見事に言い当てられてひきずりだされたから、もはやこれを再び隠すことは難しいな、それならこいつの正体を傷だらけになっても分析して理解してたまに喧嘩しても手懐けてうまく付き合っていく必要があるんじゃないだろうか、と思った。その日から境界性人格障害についてめちゃくちゃ調べた、調べたら出てくるサイト出てくるページ全部私のこと言っていてゾッとしたし、おいちゃんに対しての申し訳なさに押し潰されそうだった。

大嫌いな鏡を見続ける作業を一段落終えたところで私のことをおいちゃんに話した。私はこういう病気で、あなたに対してのあの行動やあの態度はこういうところから来ていて、だからこんな風になっちゃうんです。というのをじっくり説明した。おいちゃんは時々「ああ」とか「なるほどね」とか言いながら最後まで話を聞いてくれた。あなたの痛みはあなたのものだし、あなたの悲しみはあなたのものだ。人が人の気持ちを完璧に理解するなんてそんなおこがましいことない。私の気持ちはわからなくていい、理解できなくていい、でもこういう事実があることを知ってほしい。知ることで対処できることはたくさんあるはず。というスタンスで説明した。3ヶ月後付き合ってお互い誤解していたところもあること、まだお互いなにも知らなかったことを知ることができて、胸がスッとした。息を吸い続けていたから苦しかったんだ、やっと吐くことができた。そしたら次の呼吸がとても楽だった。
一度壊して再生するのと同じ、一度死んで蘇生するのと同じ、世界の終わりにみる夕日と同じような愛しい空っぽだった。「メンヘラじゃないあきちゃんなんてつまんないよ?」って言ったら「メンヘラをアイデンティティにするのやめなさいよ」って笑われた。不幸成分を人の形にぎゅうぎゅうに詰めてこれが生きる重力だって泣きながら暮らして、吐露したら不幸がとけだしてあたし空っぽになっちゃう怖いよ、いよいよ私は誰なのかわからないよってめちゃくちゃ慌てたけどおいちゃんが空っぽの私を支えてくれてる。幸せをたくさん詰め込んでくれてる。大好き。


ということで苦難を乗り越え再生期に入った私ですが不倫は健在なのまじでクズだと思う。不倫さん私のこと好きすぎてすごい。オシャレなお店でディナーを食べていたとき「奥さんとの間に子供いないし、すぐにではないけど離れられる。....本気だよ。」って本気の顔されたときは自分で媚を売っておきながらすごく怖くて「り、離婚届って紙飛行機にして飛ばしたらすごいいい感じですよね」ってまじで意味わかんない返事しちゃったし、平均週3ラブホ+食事代全部不倫さんの奢りだから計算したら私との逢い引きに月12万くらい使ってますよねやばーいwとかふざけたら「...養えるねぇ」ってボソッと言っててあは☆しか言えなかった。
体の相性がいいってすごい吸引力なんだよ...不倫さんはお父さんみたいな安心感なんだよ...一緒にいて幸せなのはおいちゃんなのに。

あと台風のなか先輩とえろいことしちゃったんだけどずっとおいちゃんのこと考えてた。おいちゃんは花や風や雷や空と同じなんです。花が散るように、空が青いように、波が寄せるように、おいちゃんのことが好きなんです。私はまだ神様の肉体に触れたことはないが、宇宙を支配する法則のようにおいちゃんは神様なんです。おいちゃんはそういう自然発生的な、絶対的な価値や美しさがあって私はいつもその腕や瞳だけで胸が痛いんです大好きなんです。

屋上から落ちる最中

倒れたときのことを私は覚えていません。
ただいつも漠然と「死ねなかったな」と思うだけです。屋上から落ちる影に憧れていました。
海で溺死しようと思ったとき、濁った水中からみたあの光は天国だったのかもしれないが、低体温症の私の腕に点滴をブスブス刺すあの何も見ていないような瞳に、ここは天国でも地獄でもないただの私のつまらない日常なんだと思い知ったのです。
このブログにはじめから意味なんてないが、生まれたことに意味なんてないが、生きていくことに意味なんてないが、死ぬことに意味なんてないが、あなた方が当然のように過ごした今日は生きたくても生きられなかった誰かの今日であると同時に死にたくても死にきれなかったどうしようもない私の今日です。覚えておいてください。どうか。


私はただ白く淡い光に満ちた朝が欲しかっただけなんです。朝は怖いものじゃないよって抱き締められたかっただけなんです。朝のミルクが欲しかっただけなんです。好きな人の温度のシャワーで生きてるって心から感じられたならそれが全てだっただけなんです。私は責めたかったわけじゃないよ愛してるって言って欲しかっただけなんだよ、お母さん。
ずっとずっとずっとそういうことにずっと憧れているんです。私はいつも手の届かないものに恋をするきらいがあります。


安定してたんだけどね、生まれて始めて真下から花火を見たりして。地べたに寝転がって、服が汚れないようにってハンカチ広げてくれる優しい恋人が隣にいて、あっうん面倒くさいですね文字におこすのは頭を使うのは思い出すのは面倒くさいですね生きるのも死ぬのもなんで私はこんなふうになっちゃったんだろうなんで安心して生きられないんだろうあれだけ自己分析したってだから何自分のことがわかたって自分が生きてるだなんてどうしたらわかるのねえ心理学を学んだって病気が治るわけじゃないよ大好きな人がいたって病気が治るわけじゃないよ神様じゃないよ神様じゃないんだよ死ぬのはお前なんだよ生きるのもお前なんだよ戦うのはお前なんだよお前でしかないんだから私の痛みが誰にもわかられてたまるかよバーカどいつもこいつも死ねくそがってのは死にたいと何が違うんだろうね最近思うんだ自殺も他殺もスタート地点は一緒なんじゃないかって同情してほしかったわけじゃないよ可哀想って思われたくて腕を切ったことは一度もないよただそういうやり方しか知らないんだよ愛され方を学ばなかった子供が子供を殺めるのと一緒だよダミーの痛みを見てるとほんのその場しのぎでも安心できるんだものこれは脳の作用だから私たちの心は脳は意思はただの脳の電気信号で我々が信じる美しい魂とやらはどこにもなくてならばあなたの言葉は磁気を発しているか届くか私のシナプスに121グラムの私を抱き締めてね薬飲みたいリストカットをやめるには違う脳みそを使うことですが我々は脳みそに地獄を飼っていますわかってほしいなんて絶対思わないその押し付けがましさはひたすらにエゴイズムで自己主張が激しいくせに改善する気もない卑怯者ですめんどくせえなあというやつです私はメンヘラながらにメンヘラを軽蔑しますが君にもいろいろあったんだねかわいそうだねそうなったのは君のせいじゃないよ君のせいじゃないよ君のせいじゃないよ透明の罪に脅されて生きていることそのものに罪の意識を感じていますだなんてずいぶんたいそうな遺伝子ですね私はおいちゃんの死体を見たいですおいちゃんの骨を食べて灰を食べて次の日死にたいですそれが私の人生の最終目標ですがそれにも限界がきています自分を壊して壊して壊して再生することでなんとか進化してきましたしかし細胞もいつかは分裂をやめますそのときぐちゃぐちゃの私を抱き締めてほしいおいちゃんの好きな熱めのお湯浴室バスタブの中で向き合うとき世界でここが一番美しく安らかで幸福に溢れていると感じます、もう見たくないわたしも見たくない傷跡を心底軽蔑した目で見て怒るあなたが好きです私は人が克服するべき発達課題をいくつかすっ飛ばしてきてしまいましたそれを取り戻す作業を今日から始めたいと思います未来に希望はありません風俗おちしてでも私はたくさんお金を稼いでおいちゃんを主夫にさせて疲れない体健やかにゆるやかに監禁されてほしいですからその約束をおいちゃんと交わしても笑っても見たこともない未来に脅されて毎日息ができません息ができないんです毎日呼吸がうまくできないんです苦しいです酸素が足りないんですどうして私だけ?自傷行為の原因もトラウマの原理も病理も私が説明しなくてもひとたびパソコンを開けば光の速さで手に入る時代ですいちいち私に聞かないで説明すんのもめんどうなの愛はコンビニで買えますよもうこのまま年をとるのは辛いです何もわからないまま年をとるのは辛いきっと今の私の孤独なんて全然たいしたことないような日がくるのでしょうかそれとも馬鹿な杞憂だったと笑える日がくるのでしょうか
頑張るよ、大嫌いな8月をこえれば、今日をこえれば、あと1日、あと1時間、あと1分、あと1秒、そうやってどうにか生き延ばしていこうね。

「このせまいバスタブが世界を蹂躙する」

トリコモナスに感染してたよ!性病だよ!
いつ誰にもらったのかもわからないクソビッチの宿命だよ!

大好きな友達とグリーン牧場に行って小さな生命とその温もりに触れて畏怖してかわいいかわいいしてチョコのアイスクリームを食べてカラオケに行って喉をガラガラに枯らしてもとても気分がよくて楽しくて、だからわざわざ家にお土産を届けに行ったというのにテーブルには「トリコモナス」という字を見せつけるように結果通知が封筒からだしてあって、「は?なんで人のものを勝手に見るの?」っていう私の怒りは無視されて、まるでお前の発言は問題のすり替えだとでも言わんばかりの罵倒をあびせられた。まあ性病はどう足掻いても100%私のせいだしクソビッチは親のせいではないが、娘が毎日朝帰りするわけを、1度でもこの家庭に無視できない問題があると考えたことはないのだろうか。子供は安心ができないと必ずいつかどこかが病気になるよ。子供の世界は家がすべてなのに、自分を無償で愛してくれる存在がここに帰ればあるのだという安心感により子供は生きていけるのに、虐待される子供がそれでもお母さんお父さんと呼ぶのはそうしないと生きていけないからなのにね。22にもなって親が家庭が、と言っても甘えだと言われる世の中です。逃れることの必要性もその手段もわかっているのにそれができないのだから皆病んでいる。その根底は甘えではないよ。でもそう言われてしまう弱さは知っているから私は何も言わずにできる限り家に寄り付かない術を覚えた。誰にも教えてもらわなかったやり方で。セックスが好きだからビッチになったわけじゃないし寂しいからビッチになったわけじゃないし元彼を試すためにビッチになったわけじゃない。家にいても安心ができないからだ。親に愛された自覚がないと打ち明けてくれたおいちゃんを愛したいと思ったのだ。親が子に与える類いの愛にはなれなくても、おいちゃん自身が自分は絶対的に愛されているという安心感を常に感じることのできる大きな愛でまるごと包み込みたいと思ったのだ。そしてそれは巡りめぐって私を安心させる薬になる気がするんだ。


「私はもう終わりだ」「指輪をもらう価値は私にはないです」から始まる重苦しい車内の空気。
色々あった2ヶ月だけれど、99%童貞だったおいちゃんが私と付き合うことでいきなり性病感染って波乱万丈すぎじゃない...ああ絶対嫌われる絶対汚いって思われるもう一生触れたくない過去の過ちをこんな形で再構築するなんて嫌だ嫌だごめんなさいごめんなさい生きていてごめんなさいって喉に引っ掛かった言葉をどうしても言えずに黙り決め込んでいたら、ん?って諭すような優しい顔で私の発言を促すいつも。封筒を差し出して「...いわゆる性病にかかりました」って言ったら少しの間の後「なんだそんなことか、指輪をもらう価値がないって言うから他に好きな人でも出来たのかと思った」とか言うので「え?え?性病ですよ...?」って狼狽えていたら「だって治るんでしょ。じゃあいいじゃない。むしろ俺は君の過去の話を聞いて性病持ってないほうがおかしいと思ってたくらいだしね。火曜日一緒に病院行こう。」って私の数分前の苦悩とか申し訳なさとか自罰感情とかを一瞬で吹き飛ばしてしまった。
それでも私は申し訳なくて消えてしまいたくてそういえばいよいよ家には居づらいなって考えたら家には帰りたくなくて辛くて泣きたくて寂しくて「家に帰りたくない...」って呟いたらおいちゃんが無言でシートベルトをしめるから何事かと思って顔を見たら"ほら君も"みたいな仕草をするので???と思っていたら「今日は久しぶりに俺の家泊まりな。親いないから5:00前に帰らなくていいよ、なんなら明日の朝一緒に仕事の配達行こうか、今夜は眠らずに明日はたくさんお昼寝しよう。」って言われて大好き大好き大好き大好きちょう好き好きすきだいすきあいしてるあいしてるあいしてる!!!ってさっきまでめちゃくちゃ落ち込んでいた人間が喜びを隠す努力もしないで「えー...え~~いいんですか..?だって私トリコモナスなのに...クズなのに」なんて謙虚なふりしてニヤニヤがとまらなかった。ちなみに会話文が多いのは私が好きな人の一挙手一投足を完璧に捉えようとしてそうしていたら好きな人とのエピソード記憶だけはすかすかの脳味噌に事細かに刻み込まれてしまってそしておいちゃんの発する言葉がいつも私を強烈に捉えて離さないからです。今まで読んできたどの小説よりも確かな響きをもってこの胸をうつのです。おいちゃんが時々私を呼ぶ"きみ"という二人称を愛している。私はあなたが忘れたあなたを説明できるよ。

「なんだよーずいぶん深刻そうな顔をするからさよなら言うのかと思ったけど君そんなことで悩んでたのかバカだなあ」って頭クシャクシャに撫でてくれた。その後はおいちゃんが稲川淳二風に少し前の出来事を語ったり、"トリコモナスってなんか技の名前みたいでかっこいい"って二人で意見が合致してトリコモナスビームとかトリコモナスアタックとか言ってゲラゲラ笑っていた。「君1週間ごとに事件を持ち込んでくるからまだ付き合って2ヶ月ちょっとなのにすっごい濃いよ...面白いねえ君は」って言ったから私は嬉しくておいちゃんの頭を撫で回した。穏やかな日々なんてねえぞ元境界性人格障害のめまぐるしさを見せつけてやるー!いつだってどんな時だって楽しくするから嫌わないで。

お風呂はいつもふたりで入った。ラブホテルのでかいバスタブじゃなくて、向かい合ったら肌と肌が密着するくらい狭い狭いバスタブで私がのぼせて限界ですって言うまでずっとずっと裸で抱き合っていた。見上げたらおいちゃんの短い髪からぽたぽた水滴が落ちて顔だけ冷たかった。唇と舌は火照ったように熱くてこのままキスをしていたら溶けてしまうのではないかと思ったけれどこのまま溶けてしまってかまわなかった。わたしこのまま死んでもいいです、って言ったらまた君はそういうことを言うって笑ってくれる。吉本ばななの小説みたいですねって言ったけど吉本ばなな読んだことない。恋人と入るお風呂はなんて優しくて寂しいんだろう。どちらの体温かわからなくなって二人の境目がわからなくなって自分が誰だかわからなくなって夢と現実の違いがわからなくなって生きているのか死んでいるのかわからないのに大好きな恋人の腕にうずくまっている。ひとりぼっちで。まるで世紀末のようだ。私の恋人が世界を蹂躙している。私の世界はもうずっと前からおいちゃんのものだったんだね。どんなに喧嘩してもお風呂は二人一緒に入ろうね。


トリコモナスだけどクンニされたしフェラをしてしまう。ゴッドタンを二人で見て「手ックス」という単語を覚える。二人のおもちゃが増えたよ!!
まどろんでいたらおいちゃんがほっぺにちゅうしてくれて寝たふりしたけどバレていたかもしれない。

日曜日は午前中仕事のおいちゃんと仕事用の車の助手席に乗って配達に行った。仕事をしている恋人はいつも以上にキラキラ見えてまだ私の知らないおいちゃんがいることに感動した。車にのっている間は運転してるのに右手と左手でずっと手ックスしていた。手ックスというのは手と手をエロく絡ませてセックスの擬態をすること。
部屋に携帯を忘れてしまったためにおいちゃんが段ボールを運んでいる間暇していたら「適当にいじってなさい」とか言って自分の携帯をぽんと私に差し出す。うちの彼氏ジェントルマンすぎやしないか...なんでこんな人が高校の時に一回恋愛したくらいで収まってたの...意味わかんないちょう好き。LINE勝手に見たけどフレンド少なすぎて、というより私と共通の人やグループしかいなくて可愛い。

その後はおいちゃんの部屋でお昼寝したりクンニされたりフェラしたりコンビニ飯食べたりクンニされたりフェラしたり一日中ベットにはりついて私はおいちゃんにはりついてキスをして頬と頬をくっけておでこにちゅうをして喉仏を噛んで下唇を食んで足を舐めてアメリカのおとなが赤ちゃんのおへそにブゥッー!ってするやつをおいちゃんがして、笑って、笑って、笑っていたら夜が来て夜が明けてまた明後日ねって車の中で抱きしめあってキスをして梅雨の湿った空気を含んだ灰色の朝に舌打ちをしながら何度も何度も通っている道をこれからも何度も何度も通うことができますようにって祈りながら家路につくのだ。私を待ってはいない家。

火曜日は朝から一緒に泌尿器科のある病院に行って薬をもらった。「俺検査されるの?俺カテーテル入れられるの?怖いよぅ。」って怯えていたのほんと可愛かった。私のせいで尿道処女奪われるかもしれないのすごく申し訳ないんだけど正直死ぬほど興奮した。好きな人のオナニーなんてめちゃくちゃ見たくないですか?好きな人のあられもない姿を見たい。好きな人の汚いところを見たい。全部全部全部見せてほしい。お尻の穴、眼球の裏、脳味噌の中、奥の奥の奥のやわらかいところまで余すところなく見せて、全てに触れたい。
無事処女を守ったおいちゃん心底ホットしていた私はガッカリ。そーゆうこと言っちゃうから君は頭がおかしいって言われちゃうんだろうね。理由がトリコモナスで格好つかないけど、二人で病院なんていつか子供を宿したときの予行練習みたいでちょっとわくわくしてるんだ、なんて言ったら呆れられるかしら。子供なんて考えられないよね。


イオンのジュエリーショップでおいちゃんが指輪を買ってくれた。こういうデザインがいいと思うんだってAmazonの見せてくれたのは、だけどやっぱり実物を見ないとわからないものねって、アクセサリーショップの片隅にあるおもちゃみたいな指輪じゃなくて、ちゃんとショーケースに入ってる指輪のお店で選んでくれた。私は普段おいちゃんのことを名字にさん付けで呼んでいるのだけれど、それは店員さんにとってとても新鮮で初々しい印象を与えるらしくて可愛いですねってしきりに言われてしきりに照れた。これが10年の差。カップルじゃなくて親子だって言ってやればよかったねっておいちゃんは笑ってた。
私なんて、そんなに高いお金払ってもらう価値なんてないのに。ファミレスの入り口の小さなおもちゃ売り場で売ってるような「感情で色が変わります!」とかうたってる安い指輪でいいのに、子供の頃よく食べたスーパーに売ってる指輪型の飴でいいのに、どんなにささやかなものでも私はおいちゃんがくれたものなら簡単に華やぐことができるのに、それでも「記念日でもなんでもないけどあげたいときにあげるのがいいと思うんだよねこういうのは」って、周りに冷やかされるのもカップルの醍醐味って考え方にかわったとか言って、指輪あげるような人間じゃなかったのになあ俺とか言って、私はなんでこの人に愛されていないとか思い込んでいたんだろう。物質に縛られるなんてバカみたいペアルックなんてバカみたい約束なんて無意味なのに、とか思ってたのに今はそれがなんか安心する。私ごときの人間が私ごときの人間が私ごときの人間が私ごときの人間が、それでも人を愛したい人に愛されたいと望んで生きることをどうか許してください。
無駄に指が細くて7号のそれがなかったからお取り寄せになるらしくあと1週間私は指輪のない指を眺め続ける、はやく、はやく、生き急ぐように。私はおいちゃんが私にあげたいものがいいですって言っていたのに、柔らかい雰囲気がでますよって店員さんにまんまと誘導されてピンクゴールドの指輪を選んだ。おいちゃんはシルバーがいいよって言っていたのに最終的に選ぶのは君だってかっこよかった。恋人はシンプルなデザインが好きだってまたひとつ知ることができて嬉しい。

死ななくてよかったなあ。ごめんね、私はどんどん普通の、まともな人間になっていくよ。普通の幸せを大切にしたい人間になったよ。毎日クソなのは変わらないけど、誰にも迷惑をかけないならいつでも自分を絶ちたいと思っているけど。
神様にしてしまってごめんね。宗教にしてしまってごめん。疲れるよね、あなたを根拠に私は生きているから、あなたが正しいと思ったことが正しいですなんて簡単に言える女。これは呪いなんですなんて急に泣き出す女。それを聞いても君は面白いねって風が吹きぬけるようにふっと笑ってくれるからこんなに私は身軽に生きていけている、恋人の前でだけは。死ぬまで毎日愛してるって言おう。