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君に会えたらもう死にたいな

二列目から見た景色その時の熱量で生きていたらすぐに死んでしまうから私たちはどうしようもなく忘れていく


忘れていたのだけれど、好きな人が、笑っているとか歌っているとか身体いっぱいで生きているのは、それだけで泣きじゃくってしまうほど奇跡みたいなものだった。ドライアイスと青のライト真空管の音と鼓動みたいなドラムそれら全てが私の体と精神をもとあるひとつに戻そうとして私はそれに耐えきれず右肩斜め上の自意識を引っ張りだそうとあがくのだが目前で繰り広げられる奇跡と背後から押し寄せる津波のような熱がそれを許してはくれず、歯をくいしばって目を見開いて襲われる他なかった。
ここで泣くのはずるい、私の隣に私より全力で好きでいる子がいるのだから、私がここで泣くのは絶対にずるい。涙をこらえると喉の奥がじくじくと痛む。

ライブに行ってきたのですが言葉にならないものは言葉にできないし言葉にできないものはことばにしてはいけない。
言葉にした瞬間に終わってしまうなんていまでも思ってるよ。
ライブは私にとっては非日常であって、それが終わってしまったときの喪失感や虚無感が幸福感を上回るとき、おもろうてやがて悲しき...とかつぶやいちゃってあーまた死にたくなるよなんて言っちゃって明日から何を生き甲斐にしていけばよいのでしょうかなんて聞いちゃってそれに答えてくれる人が目の前にいてくれてよかった。
ディズニーでひとしきり遊んだあとの電車の中で感じる気持ちと似てる、つまり幸せなんて非日常。
だから私はまた死にたくて悲しくて死に損なったいや生き損なった糞みたいな生活に戻るよ。
でもそれは皆一緒でしょう。ステージ上の彼らも一緒でしょう。
音楽を聴くために生きるのではなく、生きるために音楽を聴くのだとライブにいくたびに気づくのです。





私は今日も死にたいと思ったよ。

それでも生きていてよかったと思えるのだから音楽は(音や歌詞だけの話ではなく)神様だと思う。



「下北沢でまた会いましょう」


変わらない音楽なんて死んでるのと一緒だし、変わらないものは変わってゆくから安心して諦めて。
それでも会いましょうと約束しているのだからなんて強いのだろう。
楽しかったんだってさ、涙がでたよ。




今から日記らしいことを書くと下北沢のカフェはとても美味しくてゆめかわいくてお友だち(私だけが一方的にそう思ってるとしたらきもい)とお話したり分かち合ったりがドキドキで新宿駅はダンジョンでした...。