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あの子の寝顔観察

幸せな奴のブログとか幸せになった奴のブログなんて読んでいて面白くない。そんなディズニーランドみたいな世界じゃなくて、私は不幸ごっこに酔いしれるオナニーブログが読みたい。
でも私はまんまと幸せになってしまったので、正しくマスターベーションを垂れ流します。

大勢の中の一人だった私がおいちゃんの隣を独り占めして笑ったりしている...好きなものを汚したくないから見ているだけでそれで充分だからって熱視線で焼いた筋張った腕や肩に触れている。男のくせにやたらと血色のいい唇や頬に近づいて首を噛んで粘膜を擦りあって指をからめあって菌を交換している。奇跡だ、彼が生きる全てが奇跡で毎日がとても穏やかに流れていく。
あんなにセックスばっかりしてきたのにほんとうに好きな人のひとつひとつがこれほどまでに緊張するなんてまるで中学生みたい。丁寧に丁寧にお互いを探っている。
私は破滅型だから。ずっと一緒に死んでくれる人を探していた。私を忘れてほしくなかった。永遠になるためには死ぬしかないと思っていた。お願いだからわたしだけを見てよって腕を切りつけて血を流したところで縛り付けることのできるものなんて何もないって気づいていたけど、同情的な男たちがたくさん慰めてくれたから便利だった。

中二病なんだろうけどやっぱり壊すのが好きだ。
そいつが今まで築きあげてきた信念や常識をぶっ壊して私で再生させることに夢中だ。私がいないと生きていけない人間を見下しながら傍に置いてほしがった。私は頭が悪いし世の中のことは何もわからないし歴史も苦手なので、時代どうこうと語れないのがとても残念だ。子供の頃から真面目に勉強したり本を読んでおけばよかったなあ。それでも私が生まれたときから愛はコンビニで買えたし、巷に溢れかえるラブソングがワゴンセール同等の価値でこの私とやらを侵食していたのは言うまでもなかった。愛の重さは暴力に他ならなかった。それは物理的なものでもあったし精神的なものでもあったけれど、血が流れなければ全てはお遊びのように退屈で温いものだと盲目的に嫌悪していた。痣ができるとほっとした。精液が太股を伝う感覚にうっとりしていた。私こそが正義だ、不健全なのはこんな世界で愛だ恋だをへらへらと語りながら週末はディズニーランドに行きたいねなんて笑っているお前らの方だ。

こんな過去が今の私を形成しているのは悔しいけれど事実です。


過去の過ちも、私がどういう人間なのかも洗いざらい話した。おいちゃんは座布団を枕にして寝転びながら、お伽噺を聞いているかのようなやわらかさと少しの好奇心で私の話を聞いていた。
「私は後ろ指をさされるのは慣れていますがおいちゃんに迷惑かけたくないんです、引いたでしょう?」と言ったら「でも今は違うんでしょう、なら問題ないよね」と。そう言って私のケロイドでぼこぼこの左腕を撫でた。そうだ私はこの人のそういうところが好きだった。下手に俺が守ってあげるからなんてことも言わないし、突き放すこともしない、そういう軽く笑い飛ばしてしまう明るさが好きだった。私もおいちゃんもダウナー系だからふたりでズルズル落ちてしまうんじゃないかって私たちの共通認識として心配していたけれど、なんだか何が起きても乗り越えられる気がしてしまいました。
してほしいことしてほしくないことしたいことしたくないこと全部話しましょうって言ったくせに二人とも唸るだけで見つからず、私はおいちゃんがしたいことをしてほしいし私はそれを叶えてあげたいからこうしているので。なにか案を捻り出したと思ったら「してほしいことなら、肺炎だとかの可能性あるからはやく病院に行きなさい。」と注意されて萌え殺された。私は数年前から風邪をひくと数ヵ月咳だけがとまらなくなってしまった。相変わらず不正出血は続いている。

思い返せば、たった1ヶ月の間に行ったお花畑も大洗の水族館も小さい動物園も変な美術館もずっと笑っていた記憶しかない。可愛くみられたいから綺麗に笑いたいのにおいちゃんも私も楽しい人間だから大口あけてゲラゲラ笑い転げてしまう。私たちは絶対絶対おもしろい人間だからどんな場所でもエンターテイナーみたいに過ごしていられる。


お出掛けもすごくすごく幸せだけれど、昨日のお泊まりが一番幸せだった。一緒にアイスを食べるだけで涙がでるほど嬉しかった。あーーもっと、映画やドラマに興味を持っておくんだったなあ....おいちゃんの頭の回転のはやさや言い回しのうまさは、生まれつきも絶対あるのだろうけど、きっとこれらがおいちゃんを形成しているのねと思ったら嬉しくて楽しくて私ももっと海外ドラマとか映画見てみようという気になった。好きな人が好きなものを好きになりたい。興味のあるものだけね。抱き締められながら見たフルハウス素敵だった。
ずっとずっと抱きしめあいながら眠った。私は寝るのが勿体なくておいちゃんの寝顔を観察して過ごした。時々おいちゃんは目を覚まして、目を覚ますたびにキスしてくれた。
誰かと抱きしめあって寝るとき、説明のつかない寂しさが常にあった。オレンジに溶ける部屋でダウナー音楽に沈みながら最高の孤独に混ざりあうこともできない、大勢のなかでひとりぼっちの一番苦しいやつに近いそれ。横になって泣くと生暖かい涙が小鼻をつたって首まで流れるのが気持ち悪くて嫌いだった。背中合わせの誰かが寝返りをうつたびに、私は大切なものをひとつひとつなくしてしまう。

おいちゃんと眠ったとき、1度も寂しいと思わなかった自分がすごく自然に生きているみたいで安心した。安寧はここにあったよ。これから何度も悲しくなるのだろうけど、それはもう変わらないのだろうけど、できるだけ長く生きたいなあと思う。

おいちゃんが仕事に出掛けるまでの1時間、後ろからくるまれながらフレンズを見た。私朝が苦手で、おいちゃんの寝巻きを顔に巻き付けて(匂いを嗅ぎたい)ベッドの上で体育座りしながらぼけーっとしてたら「そこのねぼすけ服を返しなさい」と言われてやっぱり萌え殺された。ねぼすけって....!ねぼすけって...!こんなに可愛い響きしてたっけ!?ああそうかおいちゃんが可愛いんだ!!ぎゃー!!とかしてた。

昨日一晩で、私の噛みぐせがばれたり好きな人の服を持って帰ろうとしたり眼球舐めてみようとしたりだいぶいろいろ露呈したけどぜんぶぜんぶ真剣に笑ったり実践してみようとするおいちゃんが愛しい。