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君話してたこともっと大事だった気がするんだ


朝10時に起きて、顔を洗って、10分で洗濯物を干して、彼氏が作っていったご飯を食べながら昼の情報番組を見て、家をでる。

太陽を見るとくしゃみがでる。好きな音楽を聞きながらバイト先に向かう。社会人じゃないから、化粧なんてしなくてせめて色つきのリップクリームを唇にのせる。


適当に笑って適当に話をあわせて適度に自分の意見をいい適度に反抗し適度にやる気をみせる。いつの間にか仕事が終わる。

「ああいたいた極度の甘党が」とか言いながらみんながみんな私の口に菓子をぶち込む。私はそれを甘んじて受け入れる。受け止める、満杯の胃。

心を動かすこともなく、頭を使うこともなく、空っぽの頭上を私がしゃべる言葉だけさらさら通り過ぎていく。

死んだ目は輝かないまま家路につく。

人生が楽勝すぎて笑い転げる。

同級生たちは毎朝6時には起床しているというのに。同僚がいて、上司がいるというのに。新しいものに触れ、新しい景色を見て、新しいコミュニティに身を起き、新しい知識を増やし、頭を使い、言葉を使い、社会の一部として生きているというのに。


でも、実家にいた時よりはずっとちゃんと生きていると毎日思う。


玄関の扉を開ける時の、あの祈りにも似た気持ちは未だに消えない。童話を咀嚼しているときのやるせなさに似てる。鍵穴をひねるときのあの一瞬で私は私の人生に復讐される。毎日。ただ、変わったことは時々私よりはやく私の家に到着した恋人の「おかえり」に容易く救われるということだ。


酸素もガソリンも人の気持ちさえ消費して生きている。私を好きだと言ってくれる人たちの言葉も性衝動も恋心も、ゆっくり味わうことなくただの生活として私は消費していく。私は私ですら消費して、消耗して、そうすればいつか気付かぬ間にすっかり消えてしまえるだろうか。

げんに、右肩斜め上のあいつが出てくる頻度が減っているのだ。悪い事だとは思わないが。新しいこのまちは地元よりまた田舎だから、朝も夜もよく動物の死体が道路にのびていて、横目に通り過ぎる時やっとあいつに出会える。


恋人がいなきゃ私は掃除も洗濯もしないだろう。自炊だけは、きちんとしたものを食べないとすぐに体がダメになるからなんとなくしているけど、肉食すぎて本当に動物になりそうだ。

恋人は心配症で、私がすぐにくたばってしまうと思っているから、そんなことないよ私だって出来るんだよあなたがいなくてもって顔をしたくて家事をしている。洗濯は2日にいっぺんだけど、パンツだけは毎日洗ってる。よく恋人以外の人間とセックスして帰るから、罪悪感とか生活の残滓を綺麗に洗い流してなかったことにするために真夜中ひとりでパンツを洗ってる。この世で1番滑稽な姿だろう。


あくまで一人暮らしだから、私は私1人で生活をしなくてはならない。つまり金銭的な意味でも私は誰にも頼らずやりくりしていく必要があるのだ。それなのに、恋人は毎月きっちり家賃の半分を私に手渡してくる。

いつも両手にいっぱいの食材が入ったスーパーの袋を抱えて飛び込んでくる。「食費いくらでしたか?払いますよ」って言っても「いらないからお金ためときな」って料理を始める。私と半同棲し始めてから料理をするのが楽しいらしいのだ。お互いにご飯を作って、声を揃えていただきますをして、美味しいよありがとうって毎回よしよししたりされたりして、恋人が作った料理でパンパンの冷蔵庫に見合うために、食器洗いだけは私の仕事だと買って出た。

私たちはずっとおしゃべりしてるけど、一緒にお風呂に入るときだけはなぜか無言のまま互いの顔をじっと見つめ合う。私がのぼせるまでの耐久勝負みたいな時間が続いて、恋人の短い髪の毛からポタポタと落ちる水滴が私のほほに流れて、その冷たさに驚く。

私はこの人の全てに触れたい。中の方までやわい肉の内蔵の奥まで手が届きたい。人は無意識にあたたかいものを求めるんだろう、その健気さが切ない。子宮にいた頃の名残か。


恋人と眠るだめだけに購入したセミダブルのベッド。ミントグリーンのシーツ、はじめは「1週間に1回は洗濯する!」って意気込んでいたけど、すぐに精液と汗と血と体液が染み付いた。今はこの汚れが愛しい。おいちゃんが泊まらなかった次の日の冷たい朝に、この染みを指でなぞればたった一瞬だけれど、おいちゃんがいたことを感じられるのだ。

私のナプキンと恋人が出したゴミが同じゴミ袋に捨てられて、この町で処理されるなんてエロい。


8時においちゃんのアラームがなって、1度目恋人が身をよじり薄目で私の存在を確認する。2度目でお互い体を寄せ合い、私の腕の中に恋人がすっぽりおさまる。私は恋人の頭をぎゅっと抱えてふわふわの髪の毛に鼻を埋める。3度目は聞き流して、4度目でやっと小さく覚悟を決めて恋人が起き上がる。起き上がれない私にキスをして、はにかんでベッドを降りる。私はいつもその背中を奇跡みたいな風景だと思う。

低血圧の私より先に今日をスタートしてしまった恋人を見送って、すでに冷たくなったベッドでもう1度眠りにつく。


これも生活なのに、おいちゃんというだけで美しい、おいちゃんというだけで悲しい。こんな取るに足らない生活がいつまでも続くなんて思わない。だけど、この価値がどうか続きますように。玄関の扉を開ける時私は必死に祈る。手をあわせる。待ってくれている人がいてそれだけで私はもう充分です。

もう幸せを知り尽くしたので一緒に心中しましょうと泣く私を困った顔してなだめるあなたが生きて、先へ進む度に、私を生かす。


メンヘラってキッチンが似合うよね似合うでしょう。吉本ばななみたいだから許してねとか言いながら真夜中、冷蔵庫の中のものを立ったまま貪り食べる私の姿を見ていて。

そうすると私につられて転がってるお菓子や33のくせに味がついたヨーグルトラッパ飲みし出すおいちゃんと真夜中の立食パーティー、そのうち夜が明けて名前も読めない横文字だらけのサプリメントで健康体になった気がして踊る。恋人が放つ「体に障るよ」が好きで好きで好きでもっと半端なく添加物をとらなければという気分になります。

セックスした後、お互いにおしっこする姿見せあったのこの世の終わりみたいで愛しくてたまりませんでした。


おいちゃんのちんこはピンクであんなに可愛いのに、おいちゃん以外の男どもの性器はなんであんなに汚いんだろう。どうしてこんなにも簡単に人のことを好きになれるんだろう。おいちゃんに内緒で異性の人間と会う度に、おいちゃんはなんて素晴らしい人間なんだろうって確信するのだ。君は、私のセフレの中で一番になり得ることはあっても、私の一番には絶対になれない。おいちゃんと並ぶことなど生涯ないでしょう。

私は自信がなくて空っぽだから、本当はこんな私のこと少しでも好きになってくれた人全員とセックスしても構わないんだけれど、それも最近飽きてきたよ。


私は今、とても普通に生活ができている。日々平和と退屈さに殺され、薄味の絶望を舌で転がし続けながら、死にたい日々に生きていた過去の私を自分自身の子供のように大切に見守り、優しい恋人の笑顔の仕組みを乱さぬよう、なるべく心穏やかに、自分の足でなんとか立っている。


メンヘラと言われた。やっぱり腕の傷は痛手だった。そんなことはわかってた。命を盾にとれば社会は優しいけれど、その実世間は厳しい。病気だから優しくされたことなんて1度もないし、全部自分で乗り越えるしかなかっただろ。誰も私のこと好きじゃなかったけど、私だって誰のことも好きじゃなかったよ。そのぶん敵は多くなかっただろうし、私も嫌いな人間なんていなかった。

でも、ものすごくわかりやすい形で悪意を向けられた。傷ついて泣いた。

だって私は悪くなかった。

たまたまそうだっただけだ。君も十分なり得ることなのに、運が悪いか悪くないかそれだけなのに、ボタンのかけ間違えで私はここにいる。

傷ついてムカついて悲しくて泣くのは、人に対する期待値が高いからだろう。私は人が好きなのだ。泣くのはおいちゃんと、好きな音楽を聴いたときだけにしたかったのに心が揺れた。