考えない踊る動じない踊る踊る踊る


子宮からダラダラと血が出るようになった。直感で性病だと思った。病院でもらった膣座薬を入れても血が止まらなくて、自分の中でたった今起きている正体不明のなにかに脅され続けるような毎日だった。

生理のときにしたセックスとはまた違う本当の鮮血をふたりで浴びて、真夜中、真っ赤に染まったおいちゃんのTシャツを洗いながら「案外血ってきれいにおちますね」と冗談を言ったら、痛くしないでねと笑われた。殺すなんて一言も言ってないのに、その前にわたし死んじゃうのかしら、とは言えなかった。

プラシーボ効果なんて私には何にも役に立たないくせに、悪いことは全てもろに影響して本当に身体中あらゆる場所が痛むのだ。

悲しいことは悲しいことのままいられず、やがて肥大化して妄想になる。私はいつも妄想に囚われて、妄想に脅されて、現実よりもはっきりと見える亡霊つまり私が過去現在において殺してきたいくつもの、を睨み続けていたら1日が終わって、気付いたら自分が亡霊になっている。


おいちゃんが言っていた。ドラえもんの都市伝説のあれ、のび太の植物人間の話、今の自分や現実はすべて夢で本当の自分は病院のベッドで寝ているって話、こわくて好き、と話をふったら「病気になったときは今生きてるんだなって思うよ、夢の中で病気になる必要がないから」と言われて、そうですね。と返した。

そういう意味では私は今めちゃくちゃ生きていて、これは夢なんかじゃなくて現実なんだ、自分じゃどうしようもないどうにもならない気持ち悪さ、やっと生きていることが分かった瞬間に死ぬのか、と私はおいちゃんに会う度にわんわん泣いた。

生きたくても生きられなかった誰かになんてなりたくない。若いのにねなんて言われたくない。しょうがないなんて思いたくない。バチがあたったなんて認めない。死にたくても死にきれなかった私のどうしようもない1日すらなかったことになるなんて私がかわいそう。自殺未遂してまで生き残った私がかわいそう。左腕血塗れにしてまで死に損なった私がかわいそう。わたしを慰めてくれる私がいなくなるなんてかわいそう、かわいそう、私はまた独りぼっちだ。



「あきちゃんが本当に癌だったらすぐ婚姻届書いたけどね」と検査結果が出た時に言われた。わたしは生きることになったから命を盾においちゃんを手に入れるチャンスは逃したけど、仮に私が長く生きられなくても一緒に生きようとしてくれたんだこの人と思ったら私はもうおいちゃんのものだし、おいちゃんはもう私のものなのだ、疑う余地はないね。



癌じゃなかったけど、今の生活を続けていたら本当にそうなっていたのかもしれないということを、ここまでなってみないと私は分からない。痛い目をみないと、ほんとうに分からないのだ。


おいちゃん、チンコが数日前から痛いらしくて一緒に病院に行った。性病検査をして、結果は来週だが「パートナーの方も病院に行ったほうがいい」と言われたらしい。

帰りの車で「ごめんね」と謝られた。

ごめんねって、それは私の台詞ですよ!きっと私温泉とかめちゃくちゃ行ってるからそれで伝染したんです、私のせいです絶対、ごめんなさい。と必死でフォローした。

いや、フォローもくそもない。原因は私でしかないのだ。私がいまでもゴムもつけず不特定多数の男とセックスしてるから。

おいちゃんはそれを知らない。ちんこの炎症は性病でないにしろ自分発生の細菌か何かと思っている。たとえそうだとしても原因は私なのだ。おいちゃんは浮気というものを絶対にしない。浮気するくらいなら家で寝る。「俺と付き合う前のあきちゃんはどうだったにしろ、今のあきちゃんはしないと思ってるよ」と浮気に対して絶対の信頼を寄せられている私は、日替わりで遊ぶおっさん達がいて、会うのはだいたい夜で、そうすればだいたいセックスするだろ。


病気になって、おいちゃんに迷惑をかけて、反省をしないことで定評のある私もさすがに罪悪感で震えがとまらないので...ここ数日で不倫さん以外のおっさんをきりました。

セックスしてただ気持ちよくなりたいだけなのにリスク多すぎてムカつくんよ〜〜とは思うけど、それで死んじゃうなんて論外ですから、世の中の女の子には避妊目的じゃなくてもゴムは絶対つけようねって言ってまわりたいです。当たり前のことだよと不倫さんに言われた。


当たり前のこと、ちゃんと学んでこなかった。

普通の人間は、毎日死にたいって思わないんだって。それを知ったのは最近のことだ。


普通の幸せがなんなのかよくわかんないのわたし。

もうずっと前から普通に生きることに限界を感じてんだよ。


この前「おいちゃんと付き合いだしてずいぶんまともになったよね、明るくなったし」と先輩に言われた。

こんな客観的にわかるくらいまともに生きれてる私なんて私じゃないみたいで気持ち悪い、あの頃の私置きざりにしてるみたい?かわいそうって一瞬思ったけれど、これでいいのだ、世の中はもっとシンプルだ。

好きな人に愛されて過去の傷を克服し始めた。これが正しく普通の幸せなのだろうか。

わからない、考えない、踊る。

普通の幸せを守りたいな。


 もはや楽しいことでしか狂えない。




「俺のほかにこうやってデートしたり、えっちする人何人いるの?」とおじ様に言われた。

今まで聞いたことのない、真剣で低い声だった。瞬間、この人は私を独占したがっていて今からそういう話をするのだなと思った。


だから私から終わらせてやろうと思った。面倒なのでさっさとこちらから終わらせてやるよと、ずいぶん優しいだろ?

私は、その場しのぎ、興味のない時、話題を変えたい時終わらせたい時によくする空気を吐き出すような笑いを含ませた声で畳み掛けるように答えた。

 「定期的に会う人は5人ほど、そのうち1人は既婚者です。ちなみに彼氏のことは大好きです、殺したいほど。だからそのあと彼氏に悪いとか思わないのとか聞かないでくださいね。暇つぶしです、誰でもいいんです、楽しければ別になんでも。演技するのが好きです。媚を売って思い通りに人が動けば満足です。それがおっさんだからセックスがその先にあるだけです。何人かのうちのひとりです。彼氏じゃないならみんな何も言う権利はありません。ましてや共犯者です、今更説教なんてナンセンスです。でもまあ、こういう暗黙の了解を全員何も考えずに受け入れている中こうして表面化させてそれはいけないことだと言えるあなたは凄いと思います、私はやめておいたほうがいいですよ、私に時間さいている場合じゃないですよ」と言ったら「そういう言い方やめてくんない?」ってマジで怒られた。まじか。

先回りして起こりうるであろう会話をまとめて全部こちらから言ってやったのに台無しだ。


「いつか本当に好きな人もなくなるよ?」


動じない。私は私の好きなようにやる。


気持ち悪い。おじ様に見せていた私は私じゃないのに、おじ様はその私に金を払って価値を見出して私を抱いた。気持ち悪い。

セックスしただけで、家に呼んだだけで、デートしたくらいで、マンガを貸しあったくらいで、手作りのお菓子をあげたくらいで、弱音を吐いたくらいで、腕の傷を見せたくらいで、私を独占できると思っている。気持ち悪い。そう言えばこの人は、「当たるといいな」と思って宝くじを買うことができる人で、生きることにむいているのだ。


私との違いをまざまざと見せつけられて、意識が遠のくような虚無を覚えた。お前の普通に私を巻き込むんじゃねーよばーか。


私が今一番嫌いなおっさんも、私が「もう死にたい」と泣いた次の日、デート中に不倫さんとらぶらぶ電話したとき、隣で私の顔をじっと見つめて「裏切るの?」と一言発した。


だれを?なにを?


思わずこぼれた。気持ち悪い。気持ち悪い。お前もか。裏切るもくそも、はじめからなんでもねーだろ。勝手に期待して勝手に裏切られたと騒ぎ立てる人間を殺すために私は存在している。自分を特別な人間だと思っているのか。いいねー生きやすそうで、きみたちは。


あの顔一生忘れない。気持ち悪い。

メールは無視してる。




こんな私の気持ちの悪いもの全てからおいちゃんを遠ざけたい。

これから花火とかお祭りとかたくさんあるので楽しみです。

夏は踊る。