なんにも食べたくないし ずっと考えている

つい昨日、会社を経営しているおじさんと2回目のデートをした。
"渋谷の東急で待ち合わせ"と言われて、田舎者の私は東急ハンズの入口で、行き交う人々をぼけっと眺めていた。
待ち合わせ時間を5分ほど過ぎてから、「あっ、そっちのハンズいっちゃったのね」と電話があり、見るからに高そうな車にのっておじさんが現れた。"おいしいお肉を食べよう"とステーキ屋に入ったけれど、私は固くてもきゅもきゅした、飲み込むタイミングのわからない肉が苦手だから、ハンバーグを注文した。クリームブリュレが1番美味しかったな。
おじさんはしきりに、「今度温泉に行こう」と私を誘った。君みたいな子、色々な場所に連れて行ってあげたいなあと。
大学はどう?と聞かれて、私は数年前卒業した大学で得た心理学の知識を披露した。平凡で、ちょっとわけありな大学3年生の設定で、私はここ数日、幾人もの男性と会い、金を貰っている。
過去の話を昨日の事のように話す虚構の時間を過ごし、タクシーにのり、連れていかれたのはおじさんのマンションだった。
どこもかしこも白い壁、でかいテレビ、"いかにも"な部屋を見て思わず笑った。
君のこと好きになってしまったよとおじさんは告白し、かわいいかわいいと私の顔を手で撫でくりまわした。
白い壁、白いカーテン、白いシーツ、白い精液、白い肌、白いケロイド、たったそれだけのことで特別だと思うなジジイ。
今日このあとバイトなんです、と嘘をついて予定より早くさようなら(もう二度と会うことはないでしょう)を言った。渋谷のスクランブル交差点のド真ん中で車から降りても、こちらを気にもとめずに人々は行き交う。
他人の足を踏んずけても謝罪の一言もなく足早に去る、東京という街では、どいつこもこいつもが透明で、どいつもこいつもが主人公気分で、みなが個性を求めた結果没個性、また人身事故かよ、みんな死ね、と舌打ちしながら電車に乗り込んだ。
そのあと会った若い男の子は実はタメで、何にも染まっていない、若さゆえの肉体とか、考え方とか、力強いなあと思いつつ、そう、私はタメなんだけれど、どうしてこうもぐちゃぐちゃなのかなあと、とても遠いところにきてしまった感覚になるから、やっぱり苦手だな若い子は。車の販売をしているというその子は、私を腕の中で抱きしめながら「こうしているだけでいい」と満足そうに笑い、本当にそうしているだけで過ごし、けれど最後はきちんとお金をくれてばいばいした。

私はその金を帰りしな、口座に入れた。
いつか来る復讐のために。


19歳の男の子は、事ある毎に愛知から群馬までやって来ては、20歳(仮)の私と抱き合っては、金を払う。本当はこういうのじゃなくて、一緒にUSJに行きたいですと言われて、私は「遠いよ〜」と苦笑いしながら、勘弁してくれと頭を抱えた。
男がSEXだけだなんて、あれは嘘なんじゃないの?
どいつもこいつも、その行為の先に意味を持たせたがるじゃないか。私の本当の名前も、年齢も、何を考えて生きているかも知らないくせに。

ただ、数回肉体がぶつかりあっただけで、自分を誰かにとって特別な存在だと思えるんだ、へえ、羨ましい。
そんな、あなたがたの一方的な物差しで、私の感情をはからないで欲しいな。
なんでも幸せになれるんなら、なんでもいいでしょ?

私は不倫さんじゃないとダメなんだよ。
不倫を、浮気を、配偶者やパートナー、彼氏彼女がいるのに他にも相手がいる、そういう行為を肯定しているのではない、不倫さんの存在を肯定しているのです、完璧に。

あなたがいない日常は、皮肉なほど平和です。




数年ぶりに双子の弟と会話をした。
弟は「どうして俺を産んだんだ」と毎日親に恨み言を言い、「あたしと一緒に死のうか」と母に包丁を向けられていたあの頃から、何一つ成長していなかった。
それどころか、同年代の子のように学校を卒業し、働くことができない(するつもりもないだろうが)劣等感、嫉妬がより深くねじれ、そのエネルギーは自分以外の人間全てにむけられ、たった一言二言言葉を交わしただけの私から無意識に「キモっ…」という言葉を引き出すレベルに到達していた。
もう矯正は不可能、とキラキラ光る海を眺めながら思った。母よ、あとは託した。
もともとはあなた達のせいなのだから。

私が家を出た時に、解放感と喜びと同時にあったのが、弟に対する罪悪感だった。
あんな家族のもとに置いていってごめん、置き去りにしてごめん、犠牲にしてごめん。
でも、それは私のせいではないのだ。本来なら。絶対に私のせいではない、
生きているだけで悲しい。息をするだけで苦しい。背負わなくてもいい罪悪感を勝手に背負って、潰されそうになってる愚か者は、今すぐにでも断罪すべきだろう。


彼は私と出会わなくたって癌になっていた。
彼が癌になったことと、私と関係を結んだことと、私が生きていることは、全く別物なのだ。
でも、それでは病気になったことの怒りのやり場がないから、誰かの何かのせいにするのが楽なんだ。彼も、私も。

やっとかかった電話は、「もしもし、、あっ、ごめん今病院なんだ、ごめん、ごめんね。」という言葉のみで終わった。
ごめん、の声があまりに優しくて私は不倫さんとの情事を思い出した。
優しくて、色気があって、他の誰とも比べられない。あなたがたも抱かれればいいのに、不倫さんが、男性として女性をどう抱くのか。

彼がいなくなっても、私はくたばらなかった。ぐちゃぐちゃのまま、けれど同年代の友達よりもはるかに楽に、自由に、何にも囚われず、こうして生きている。
むしろ、あなたがいなくなったことで、あなたを免罪符に、そして理由にして逃げることもできず、向き合わなければならない現実と直面し、なんとか受け入れ、はるかにまともに生活が出来てしまっている。

これが生活。これが生活かと、その輪郭をひとりなぞっている。
あなたの生活はどう?
私はそのほとんど、すべて、知ることができない。
どうしよう、ごめんなさい、最近不倫さんのこと考えない。時々ふと思い出して泣くことがあるけれど、それにももう慣れるくらい、不倫さんが遠い。私はまた、置き去りにしてしまった?
でも会いたい。一昨年のクリスマスに不倫さんからもらったマフラーを巻いてクソ野郎どもに会いにいく、会えなくなってもうすぐ1年になるよ。


死という得体の知れない強大な運命に、あなたがどう向き合っているのかを考えると、私はその場で動けなくなってしまう。
死んだ人のことを、生きていた頃より強烈に想っている。
だから、私が生きている限りあなたは死なないよと言ってやりたいのに、私と不倫さんはたぶんもう会えない。


こういうことを、とりとめもなく、私はずっと考えてる。




恋人は、心配事が重なってもうしんどい眠れないかもと言っていたけど、隣で寝息をたてている。私は眠れなくてこれを書いてる。
恋人は私がいなくても生きていけると思う、そうでしょう、と時々なぜか責め立てて、全てを台無しにしたくなる時がある。
完璧な結合以外に意味なんかあるの?


この孤独ばかりは、不倫さんとわけあいたかった。空が白んでくるこの寂しさを。
太陽が私たちの間にひそやかにわりこんでくる頃に、まだ、街も部屋もぼんやりと曖昧な頃に、不倫さんと私ふたりの輪郭だけをなぞるように、丁寧に心も肉体も交わしあった朝を。








基本的に人のこと見下してる
絶対に殺すって思いながら生きてると楽だよ