「このせまいバスタブが世界を蹂躙する」

トリコモナスに感染してたよ!性病だよ!
いつ誰にもらったのかもわからないクソビッチの宿命だよ!

大好きな友達とグリーン牧場に行って小さな生命とその温もりに触れて畏怖してかわいいかわいいしてチョコのアイスクリームを食べてカラオケに行って喉をガラガラに枯らしてもとても気分がよくて楽しくて、だからわざわざ家にお土産を届けに行ったというのにテーブルには「トリコモナス」という字を見せつけるように結果通知が封筒からだしてあって、「は?なんで人のものを勝手に見るの?」っていう私の怒りは無視されて、まるでお前の発言は問題のすり替えだとでも言わんばかりの罵倒をあびせられた。まあ性病はどう足掻いても100%私のせいだしクソビッチは親のせいではないが、娘が毎日朝帰りするわけを、1度でもこの家庭に無視できない問題があると考えたことはないのだろうか。子供は安心ができないと必ずいつかどこかが病気になるよ。子供の世界は家がすべてなのに、自分を無償で愛してくれる存在がここに帰ればあるのだという安心感により子供は生きていけるのに、虐待される子供がそれでもお母さんお父さんと呼ぶのはそうしないと生きていけないからなのにね。22にもなって親が家庭が、と言っても甘えだと言われる世の中です。逃れることの必要性もその手段もわかっているのにそれができないのだから皆病んでいる。その根底は甘えではないよ。でもそう言われてしまう弱さは知っているから私は何も言わずにできる限り家に寄り付かない術を覚えた。誰にも教えてもらわなかったやり方で。セックスが好きだからビッチになったわけじゃないし寂しいからビッチになったわけじゃないし元彼を試すためにビッチになったわけじゃない。家にいても安心ができないからだ。親に愛された自覚がないと打ち明けてくれたおいちゃんを愛したいと思ったのだ。親が子に与える類いの愛にはなれなくても、おいちゃん自身が自分は絶対的に愛されているという安心感を常に感じることのできる大きな愛でまるごと包み込みたいと思ったのだ。そしてそれは巡りめぐって私を安心させる薬になる気がするんだ。


「私はもう終わりだ」「指輪をもらう価値は私にはないです」から始まる重苦しい車内の空気。
色々あった2ヶ月だけれど、99%童貞だったおいちゃんが私と付き合うことでいきなり性病感染って波乱万丈すぎじゃない...ああ絶対嫌われる絶対汚いって思われるもう一生触れたくない過去の過ちをこんな形で再構築するなんて嫌だ嫌だごめんなさいごめんなさい生きていてごめんなさいって喉に引っ掛かった言葉をどうしても言えずに黙り決め込んでいたら、ん?って諭すような優しい顔で私の発言を促すいつも。封筒を差し出して「...いわゆる性病にかかりました」って言ったら少しの間の後「なんだそんなことか、指輪をもらう価値がないって言うから他に好きな人でも出来たのかと思った」とか言うので「え?え?性病ですよ...?」って狼狽えていたら「だって治るんでしょ。じゃあいいじゃない。むしろ俺は君の過去の話を聞いて性病持ってないほうがおかしいと思ってたくらいだしね。火曜日一緒に病院行こう。」って私の数分前の苦悩とか申し訳なさとか自罰感情とかを一瞬で吹き飛ばしてしまった。
それでも私は申し訳なくて消えてしまいたくてそういえばいよいよ家には居づらいなって考えたら家には帰りたくなくて辛くて泣きたくて寂しくて「家に帰りたくない...」って呟いたらおいちゃんが無言でシートベルトをしめるから何事かと思って顔を見たら"ほら君も"みたいな仕草をするので???と思っていたら「今日は久しぶりに俺の家泊まりな。親いないから5:00前に帰らなくていいよ、なんなら明日の朝一緒に仕事の配達行こうか、今夜は眠らずに明日はたくさんお昼寝しよう。」って言われて大好き大好き大好き大好きちょう好き好きすきだいすきあいしてるあいしてるあいしてる!!!ってさっきまでめちゃくちゃ落ち込んでいた人間が喜びを隠す努力もしないで「えー...え~~いいんですか..?だって私トリコモナスなのに...クズなのに」なんて謙虚なふりしてニヤニヤがとまらなかった。ちなみに会話文が多いのは私が好きな人の一挙手一投足を完璧に捉えようとしてそうしていたら好きな人とのエピソード記憶だけはすかすかの脳味噌に事細かに刻み込まれてしまってそしておいちゃんの発する言葉がいつも私を強烈に捉えて離さないからです。今まで読んできたどの小説よりも確かな響きをもってこの胸をうつのです。おいちゃんが時々私を呼ぶ"きみ"という二人称を愛している。私はあなたが忘れたあなたを説明できるよ。

「なんだよーずいぶん深刻そうな顔をするからさよなら言うのかと思ったけど君そんなことで悩んでたのかバカだなあ」って頭クシャクシャに撫でてくれた。その後はおいちゃんが稲川淳二風に少し前の出来事を語ったり、"トリコモナスってなんか技の名前みたいでかっこいい"って二人で意見が合致してトリコモナスビームとかトリコモナスアタックとか言ってゲラゲラ笑っていた。「君1週間ごとに事件を持ち込んでくるからまだ付き合って2ヶ月ちょっとなのにすっごい濃いよ...面白いねえ君は」って言ったから私は嬉しくておいちゃんの頭を撫で回した。穏やかな日々なんてねえぞ元境界性人格障害のめまぐるしさを見せつけてやるー!いつだってどんな時だって楽しくするから嫌わないで。

お風呂はいつもふたりで入った。ラブホテルのでかいバスタブじゃなくて、向かい合ったら肌と肌が密着するくらい狭い狭いバスタブで私がのぼせて限界ですって言うまでずっとずっと裸で抱き合っていた。見上げたらおいちゃんの短い髪からぽたぽた水滴が落ちて顔だけ冷たかった。唇と舌は火照ったように熱くてこのままキスをしていたら溶けてしまうのではないかと思ったけれどこのまま溶けてしまってかまわなかった。わたしこのまま死んでもいいです、って言ったらまた君はそういうことを言うって笑ってくれる。吉本ばななの小説みたいですねって言ったけど吉本ばなな読んだことない。恋人と入るお風呂はなんて優しくて寂しいんだろう。どちらの体温かわからなくなって二人の境目がわからなくなって自分が誰だかわからなくなって夢と現実の違いがわからなくなって生きているのか死んでいるのかわからないのに大好きな恋人の腕にうずくまっている。ひとりぼっちで。まるで世紀末のようだ。私の恋人が世界を蹂躙している。私の世界はもうずっと前からおいちゃんのものだったんだね。どんなに喧嘩してもお風呂は二人一緒に入ろうね。


トリコモナスだけどクンニされたしフェラをしてしまう。ゴッドタンを二人で見て「手ックス」という単語を覚える。二人のおもちゃが増えたよ!!
まどろんでいたらおいちゃんがほっぺにちゅうしてくれて寝たふりしたけどバレていたかもしれない。

日曜日は午前中仕事のおいちゃんと仕事用の車の助手席に乗って配達に行った。仕事をしている恋人はいつも以上にキラキラ見えてまだ私の知らないおいちゃんがいることに感動した。車にのっている間は運転してるのに右手と左手でずっと手ックスしていた。手ックスというのは手と手をエロく絡ませてセックスの擬態をすること。
部屋に携帯を忘れてしまったためにおいちゃんが段ボールを運んでいる間暇していたら「適当にいじってなさい」とか言って自分の携帯をぽんと私に差し出す。うちの彼氏ジェントルマンすぎやしないか...なんでこんな人が高校の時に一回恋愛したくらいで収まってたの...意味わかんないちょう好き。LINE勝手に見たけどフレンド少なすぎて、というより私と共通の人やグループしかいなくて可愛い。

その後はおいちゃんの部屋でお昼寝したりクンニされたりフェラしたりコンビニ飯食べたりクンニされたりフェラしたり一日中ベットにはりついて私はおいちゃんにはりついてキスをして頬と頬をくっけておでこにちゅうをして喉仏を噛んで下唇を食んで足を舐めてアメリカのおとなが赤ちゃんのおへそにブゥッー!ってするやつをおいちゃんがして、笑って、笑って、笑っていたら夜が来て夜が明けてまた明後日ねって車の中で抱きしめあってキスをして梅雨の湿った空気を含んだ灰色の朝に舌打ちをしながら何度も何度も通っている道をこれからも何度も何度も通うことができますようにって祈りながら家路につくのだ。私を待ってはいない家。

火曜日は朝から一緒に泌尿器科のある病院に行って薬をもらった。「俺検査されるの?俺カテーテル入れられるの?怖いよぅ。」って怯えていたのほんと可愛かった。私のせいで尿道処女奪われるかもしれないのすごく申し訳ないんだけど正直死ぬほど興奮した。好きな人のオナニーなんてめちゃくちゃ見たくないですか?好きな人のあられもない姿を見たい。好きな人の汚いところを見たい。全部全部全部見せてほしい。お尻の穴、眼球の裏、脳味噌の中、奥の奥の奥のやわらかいところまで余すところなく見せて、全てに触れたい。
無事処女を守ったおいちゃん心底ホットしていた私はガッカリ。そーゆうこと言っちゃうから君は頭がおかしいって言われちゃうんだろうね。理由がトリコモナスで格好つかないけど、二人で病院なんていつか子供を宿したときの予行練習みたいでちょっとわくわくしてるんだ、なんて言ったら呆れられるかしら。子供なんて考えられないよね。


イオンのジュエリーショップでおいちゃんが指輪を買ってくれた。こういうデザインがいいと思うんだってAmazonの見せてくれたのは、だけどやっぱり実物を見ないとわからないものねって、アクセサリーショップの片隅にあるおもちゃみたいな指輪じゃなくて、ちゃんとショーケースに入ってる指輪のお店で選んでくれた。私は普段おいちゃんのことを名字にさん付けで呼んでいるのだけれど、それは店員さんにとってとても新鮮で初々しい印象を与えるらしくて可愛いですねってしきりに言われてしきりに照れた。これが10年の差。カップルじゃなくて親子だって言ってやればよかったねっておいちゃんは笑ってた。
私なんて、そんなに高いお金払ってもらう価値なんてないのに。ファミレスの入り口の小さなおもちゃ売り場で売ってるような「感情で色が変わります!」とかうたってる安い指輪でいいのに、子供の頃よく食べたスーパーに売ってる指輪型の飴でいいのに、どんなにささやかなものでも私はおいちゃんがくれたものなら簡単に華やぐことができるのに、それでも「記念日でもなんでもないけどあげたいときにあげるのがいいと思うんだよねこういうのは」って、周りに冷やかされるのもカップルの醍醐味って考え方にかわったとか言って、指輪あげるような人間じゃなかったのになあ俺とか言って、私はなんでこの人に愛されていないとか思い込んでいたんだろう。物質に縛られるなんてバカみたいペアルックなんてバカみたい約束なんて無意味なのに、とか思ってたのに今はそれがなんか安心する。私ごときの人間が私ごときの人間が私ごときの人間が私ごときの人間が、それでも人を愛したい人に愛されたいと望んで生きることをどうか許してください。
無駄に指が細くて7号のそれがなかったからお取り寄せになるらしくあと1週間私は指輪のない指を眺め続ける、はやく、はやく、生き急ぐように。私はおいちゃんが私にあげたいものがいいですって言っていたのに、柔らかい雰囲気がでますよって店員さんにまんまと誘導されてピンクゴールドの指輪を選んだ。おいちゃんはシルバーがいいよって言っていたのに最終的に選ぶのは君だってかっこよかった。恋人はシンプルなデザインが好きだってまたひとつ知ることができて嬉しい。

死ななくてよかったなあ。ごめんね、私はどんどん普通の、まともな人間になっていくよ。普通の幸せを大切にしたい人間になったよ。毎日クソなのは変わらないけど、誰にも迷惑をかけないならいつでも自分を絶ちたいと思っているけど。
神様にしてしまってごめんね。宗教にしてしまってごめん。疲れるよね、あなたを根拠に私は生きているから、あなたが正しいと思ったことが正しいですなんて簡単に言える女。これは呪いなんですなんて急に泣き出す女。それを聞いても君は面白いねって風が吹きぬけるようにふっと笑ってくれるからこんなに私は身軽に生きていけている、恋人の前でだけは。死ぬまで毎日愛してるって言おう。